ファイナンス 2021年4月号 No.665
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マニラ首都圏で最も貧しい地区の一つ。トタン屋根とコンクリート・ブロックで作られた小屋がところ狭しとひしめく迷路のような集落に、約6万人が暮らす。厳密な仕切りもない長屋のような空間に複数世帯が暮らす環境では社会的距離を保つことは難しく、個人がどれだけ努力しても感染は広がりやすい。手洗いやうがいの習慣も、蛇口をひねれば清潔な水が出るという贅沢な設備があるからこそ成り立つ。BASECOで暮らす多くの人々は、毎日、ポリタンクを持ってミネラルウォーターの給水機がある店まで飲み水を汲みに行く。値段は1リットルあたり1ペソ(2円)。ひねれば水が出る蛇口がある家は数十軒に一軒しかない。手洗いやうがいに欠かせない清潔な水も、ここでは高価で希少なのだ。町内のあちこちにあるミネラルウォーター販売機に5ペソ硬貨を入れて1ガロン(約3.7リットル)が入る容器に飲み水をためるBASECOの若者。この町で暮らす男たちは、冒頭で紹介したロニーやドナルドのように、トライシクルやジプニーのドライバー、建築現場や港湾の作業員、あるいはオフィスの清掃員として働き、女性の多くは、レストランやバーの給仕や接客係、富裕層の家事手伝いや子守役、あるいは町の雑貨屋であるサリサリストアの店番をしながら、日々の糧を得ている。いずれも大切な仕事だが、在宅では取り組めない。失業手当も未整備のなか、ロックダウンの割を真っ先に食うのが、こうした人々だ。そして、彼らを苦しめる災禍は、失業や疾病だけではない。5スラムで頻発する大きな災禍~大火災とコミュティリーダー・ボナの悲しみ~「火事だ!」近所の人の叫び声をボナが耳にしたのは、2020年7月16日の昼下がりだった。障害のある子どもたちや親たちを対象に教育や食料を届けるプログラムを実施しているキリスト教系慈善団体の「CARITAS MANILA」でコミュニティ・リーダーとして活動するボナは、その日も街の教会で支援プログラムの内容を住民たちに説明していた。弾かれたように教会を出ると、黒煙が上がり、人々が身の回りの品物だけを持って半狂乱で逃げまどっていた。迷路のように入り組んだ街路には、消防車が入る隙間などない。ひねれば水が出る蛇口すら、この辺りでは数十軒に一軒しか設置されていないため、いったん火が付けば、延焼を食い止めるのは極めて難しい。調理用の油鍋がひっくり返ったことで発生した小さな火は、巨大な火炎となってあっという間にコミュニティを飲み込み、コロナ禍で疲弊しきっている人々から、つつましい家屋を含め、わずかながらの資産をすBASECOで2020年7月16日に発生した火災の現場。残念ながら人口過密状態で水へのアクセスが乏しい都市のスラムでの火災は珍しいことではない。40 ファイナンス 2021 Apr.SPOT

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