ファイナンス 2021年4月号 No.665
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厳格なロックダウン(ECQ)は、脆弱な医療体制と裏腹の関係にあった。約1億600万人の人口を擁するフィリピンだが、保健省によると、昨年4月頭時点で利用可能な人工呼吸器は、国中かき集めても1263個で、重症患者向け集中治療用ベッドは4300床*4。医療従事者を守る防護服なども圧倒的に不足していた。新規感染者数が3~4日ごとに倍増する中、マニラ市内の大病院は相次いで新規患者の受け入れを断らざるを得なくなり、ひとたび重症化すれば、ろくな治療も受けられないまま、運を天に任せるしかない状況になった。ロックダウン(ECQ)は、5月30日まで2カ月半にわたり続いた。その後、マニラ首都圏はおそるおそる制限を緩和したが、感染者数や死者数の減少と軌を一にしたわけではなかった。状況はむしろ逆で、特に7月以降、疫学上の不幸指数はいずれも上昇。8月6日には累積の新規感染者がインドネシアを抜いて東南アジア最高となり、8月10日には一日の感染者数が6871人を記録。これを受け、フィリピン政府は8月半ば、経済活動の制限の再強化に踏み切った。その後、年末に向けて感染者数は徐々に減少、一時は一週間の平均が三桁台にまで減ったこともあった。しかし、新種ウィルスの流行や人々の気の緩みも手伝って、足もと、感染が三度拡大。本原稿執筆中の3月末時点で日々約1万人の新規感染者が確認されており、再び、厳格なロックダウン(ECQ)*5が3月29日から一週間実施されている。すべては、振出しに戻ってしまった。4ソーシャルディスタンスも在宅勤務も難しい人々厳しい活動制限にも関わらず、感染拡大が抑まらない背景の一つに、フィリピンにおける大きな経済的、社会的な格差が挙げられる。例えば、富裕層や国際機関職員が多く暮らすBGC(Bonifacio Global City)やマカティといったエリアでは、外出時にはマスクやフェイスシールドの着用が厳格に求められ、違反者には罰金の切符がきられる。自宅マンションやモールに入る際は検温*4) Philstar Global April 3 2020*5) 2021年3月29日からマニラ首都圏、及び近隣4週を対象に課されたECQは2020年3月半ばから2か月半に亘り課されたECQよりは若干内容が緩和されている。例えば、公共交通機関については乗客に制限を設けたうえで運行が許容されているほか、レストラン、カフェもテイクアウトに限りサービスが許容されている。ただし、教育機関は2020年3月半ば以来、閉鎖されたままであり、また18歳以下、65歳以上の者は原則として外出すら禁止されている。*6) BASECO(バセコ)の正式名称はBarangay 649(Barangay(バランガイ)とは東京23区のようなフィリピンの最小行政単位)。Basecoはマニラ湾に面した、一辺約1キロの正三角形のような形をした埋立地であり東京に喩えれば、芝浦ふ頭のような場所だと考えると想像がつきやすい。アジア開発銀行からは約20キロ、道路に混雑がなければ30分程度の距離となる。と消毒が、レストランで食事をする際には陽性者との接触を確認するための個人情報入力が徹底されている。オンライン環境も悪くなく、在宅勤務にも不自由はない。他方、庶民の状況はどうか。例えば、マニラ湾に面した貨物ターミナルの周辺に広がるBASECO*6は、筆者が毎週末、個人的支援活動を展開しているBASECO地域の街路。東京ディズニーランドと同じ程度の面積の埋立地に6万人以上の人々が暮らす。上下水道や舗装された道路もほとんど未整備だ。 ファイナンス 2021 Apr.39パンデミック下の途上国支援SPOT

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