ファイナンス 2021年4月号 No.665
41/94

1はじめに2020年3月11日にWHOが新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言してから早1年が経過したが、パンデミック終息の兆しは見えない。ここフィリピンでも、2021年3月末までの累計感染者数は約75万人、死者数は約13,300人*1に上り、日々の感染者数はなお増加傾向にある。過去10年、平均6%の経済成長を記録してきたフィリピン経済だったが、コロナ感染拡大を食い止め、医療崩壊を防ぐために経済・社会活動が厳しく制約されるなか、2020年の成長率はマイナス9.5%に沈んだ*2。失業率は2020年4月には17.6%に達し、約一年を経た今年2月でも8.8%、418万7千人の人々が職を求めている。これ以外に約100万人が職探しを辞め、労働市場から退出した*3。そして、こうしたマクロの数字の裏には、一人一人の悲しみ、怒り、そして絶望がある。「パンデミック下の途上国支援」と題する本シリーズは、昨年初に新型コロナウィルスの蔓延が始まって以降、今年3月末までの1年3か月間、筆者が、アジア開発銀行の職員として、そして、一人のマニラ市民として体験し、あるいは見聞きした問題と、その解決のため様々な人たちとの協働を通じて取り組んできたことをミクロとマクロ、双方の視点をもって振り返りながら、今後の開発課題について考えていく。第一回となる本稿では、BASECO(バセコ)と呼ばれるマニラの最貧地区でコロナ禍を生きる人々に焦点を当て、筆者がこの一年間、直接、時間と空間を共にしてきた彼らの苦悩と挑戦について紹介していく。*1) 出典:Philippine Government Department of health, COVID-19 Case Tracker*2) 出典:アジア開発銀行による2021年3月時点の推計値*3) 出典:フィリピン統計庁月例労働力調査(2021年3月31日公表)2途方に暮れる人々~トライシクルドライバー、ロニー~2020年4月末。30歳になったロニーは年初めに3000ペソ(約6000円)かけて取得した業務用免許証を握りしめながら、真夏の太陽が地面に焼き付けるトライシクルの影を見つめていた。バイクの横に客車を据え付けたトライシクルは、マニラ庶民の日常生活に欠かせない足だ。ドライバーの後部に2人、客車に3人、無理をすれば4人、時にはそれ以上の客や荷物を満載にし、大気汚染と渋滞にまみれたマニラ市街を走り回る…それがトライシクルだ。平時であれば。しかし、生計の基盤となるはずのトライシクルは3月16日から動きを止めたままだった。フィリピン政府がマニラ首都圏を含むルソン島全域を対象に課した厳しいロックダウンにより、あらゆる交通機関―電車、バス、ジプニー、タクシー、そして配車アプリのGrab(グラブ)からトライシクルまで―の運行が禁アジア開発銀行総裁首席補佐官 池田 洋一郎パンデミック下の途上国支援~其壱:マニラの最貧地区でコロナ禍を生きる人々の苦悩と挑戦~マニラ庶民の足であるトライシクルは2020年3月16日から5月末までの間実施されたEnhanced Community Quarantineの間、他の全ての公共交通機関同様、運行が停止となった。 ファイナンス 2021 Apr.37SPOT

元のページ  ../index.html#41

このブックを見る