ファイナンス 2021年3月号 No.664
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VaRを用いることのメリットは実際のデータに基づきリスク量を算出できることですが、データに基づくことで投資家が有する幅広い金融商品を統合的にリスク管理することも可能にします。金融機関は国債などに加え、株式や社債など多数の有価証券を抱えており、その一つ一つが固有のリスクを持つがゆえ、今自分が有しているリスク量全体を把握することは容易ではありません。VaRはデータを用いることで統合的な管理を可能にするわけです。例えば、読者が2つの金融商品を保有しており、それぞれリスク量が100万円だったとしましょう。このポートフォリオ全体のリスク量を測る一つの考え方は、それぞれ100万円ですからその合計である200万円をリスク量とするというものです。例えば、図5の左図のようにその両者が同じ動きをしていればそのような算出に合理性はあるでしょう。しかし、図5の右図のようにその二つの資産価格が全く逆の動きをするものであれば、むしろ単体で持っていればリスクはあるものの、両者を同時に持つことでリスク量を相殺することができます。例えば、10年国債を保有していれば金利の変動によって価格が変化するためリスクが発生しますが、国債の価格と反対の動きをする資産を買うことができればポートフォリオ全体の変動を抑制することができるわけです。図5 資産間の相関係数のイメージ資産A資産B資産A資産C価格時間価格時間このような資産の間の値動きの関係をとらえる概念を「相関」といいますが、過去の値動きのデータさえ得られれば、その相関関係を推定することが可能であり、それを考慮したうえで、自分が保有している有価証券のリスク量を統合して管理することができます。すなわち、「今私が抱えているポートフォリオ(ポジション)の最大損失量*13はデータに基づけば〇億円*13) 実際には99%タイル値などをVaRとして用います。99%タイル値が「悪いシナリオから数えて1%」番目という意味にもかかわらず「最大」と表現することに違和感があるかもしれません。ここでは「99%」の信頼区間の中で最大という意味で使っています(実際、算出されたVaRを最大損失額という表現を使うことは少なくありません)。*14) このエピソードはハル(2008)などで紹介されています。*15) 藤井(2016)はバーゼル規制にVaRの手法が採用されたことがVaRの普及と発展に大きく寄与したことを指摘しています。特にバーゼル規制における市場リスク規制における内部モデルの採用を金融リスク管理における「VaR革命」と表現しています。です」という形で一言で自分のリスク量を表現することが可能になるわけです。VaRはJPモルガン銀行が開発したと説明されることが多いですが、JPモルガン銀行がVaRを開発した背景には、当時の会長が毎日受け取る長いリスク報告に不満があり、銀行が有するリスク全体に焦点を当てた単純なものを求めたことが背景にあるとされています*14。VaRは金融規制などとも密接な関係を有しており*15、現在ほとんどすべての金融機関で使われている非常に普及したリスク管理の手法です。原理的にはデータさえ得られれば、株式やファンドでさえ統合的にリスク管理ができるため、非常に強力なツールといえます。もっとも、VaRにもデメリットがある点を認識する必要があります。基本的には過去のデータに基づくため、例えばかつての経験と異なる現象が起きた場合、想定以上の損失が発生することがあります。また、相関関係を推定することで統合リスク管理が可能になると述べましたが、かつて見られた相関関係が壊れる可能性もあります。さらに、VaRの実際の計算に当たっては正規分布を利用する金融機関が少なくありませんが、この分布に基づいてリスク量を計算すると、金融危機などの稀なイベント(いわゆるテールリスクイベント)を過小評価する可能性もあります。もちろん、金融市場の実務家もVaRに限界があることは承知しています。現実的にリスク管理の指標をVaRにすべて押し付けるわけにはいきませんから、実際にはVaRだけでなく、その他のリスク管理指標を併用してリスク管理を行っています。例えば、テールリスクイベントについては、金融危機時のようなストレス時における価格変動が発生したらどのような損失が発生するかを把握し、それにも耐えうる体力があるかを確認することでリスク管理を行っています(これをストレステストといいます)。ちなみに、金融庁と日銀は、大手金融機関を対象に「共通ストレステスト」を継続的に実施する方針を明らかにしており、近年、ストレステストの重要性は高まっているといえましょう(詳細は日本銀行・金融庁(2020)を参照してください)。 ファイナンス 2021 Mar.85シリーズ 日本経済を考える 110連載日本経済を 考える

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