ファイナンス 2021年3月号 No.664
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ショートのポジションで利益が生まれるため、それらが相殺されることで損益が発生しません。しかし、仮にベア・スティープした場合*7(金利が上昇しつつも短期金利より長期金利のほうがより上昇した場合)、短期のショートからの利益に比べ、超長期のロングのポジションでは損失が大きくなります(スティープという概念についてはBOX 1を参照してください)。この事例を考えれば、金利のパラレルシフトのみを把握するDV01やデュレーションといった指標ではこのようなスティープに伴うリスクをとらえられないということになります。そこで、ポートフォリオのリスク・リミットを設定する際、イールドカーブのパラレルシフトに対するリスク・リミットをDV01等で設定するだけでなく、カーブ形状の変化に対するリスク・リミットとして、GPSを用いることがあります。単純にデュレーションやDV01のみでリスク・リミットを設定すると、前述のように、例えば長期金利のみが上昇した時に発生する損失を低く見積もる恐れがあるからです。GPSに基づくことで、イールドカーブの形状(傾き)の変化に対してどの程度の損失が発生するかを把握できるため、より健全なリスク管理が可能になります。このようなリスク・リミットの存在は、日本国債市場の動きを説明するうえでもしばしば用いられます。例えば、JGBトレーダーが20年国債を在庫として保有しており、保有する20年国債が有する金利リスク量(DV01、BPV)分だけ先物をショートすることでヘッジし、ニュートラルなポジションを作っていたとします。服部(2020a)で指摘したとおり、先物は7年国債金利に連動するため、この状況において、JGBトレーダーは20年国債ロング、7年国債ショートのポジションをとっていると解釈できます。この場合、ポジション全体のDV01ではリスク量がゼロになるようにヘッジしていますが、GPSに基づいた超長期のリスク量はプラスになっています。仮に、そのトレーダーに課されたGPSについて、20年国債についてはリスク・リミットに近いリスク量をすでにとっていた場合、このトレーダーは20年国債の入札において消極的な応札をする可能性を有し*7) 三菱東京UFJ銀行(2012)ではベア・スティープを「超長期主導で金利が上昇」(p.303)と説明しています。*8) ここでは、日銀のGPSでは、残存期間ごとに、「債券評価損=残高×残存期間×金利上昇幅」としてリスク量を算出し、積み上げる形でGPSを算出しています。ここでの説明は鎌田・倉知(2012)に基づいています。ます。実際、国債の入札において、業者にとって特定の年限の国債の在庫が重く、そのことが入札の不調を招いたなどと説明されることもあります。GPSという観点でみた銀行の有するリスク量図3は日銀の「金融システムレポート」(2010年3月)でGPSが用いられている事例を示しています。GPSを用いて金融機関のリスク量を分析すると、単純にデュレーションやDV01などイールドカーブがパラレルシフトしただけでなく、どの年限の金利が上昇した場合に損失が大きいかを確認することができます*8。この場合、銀行が分析対象になっていますが、銀行が短中期ゾーンで運用をする傾向があることから、「3年以下」、「3-5年」、「5年以上」に分けて分析を行っています。金融システムレポートでは、「各年限の金利が1%上昇した場合の保有債券にかかる金利リスク量(グリッド・ポイント・センシティビティ〈GPS〉)は、大手行では短中期ゾーン、地域銀行では長期ゾーンの拡大を主因に、それぞれ既往ピーク圏に達している」(p.33)というコメントをしています。図3 保有債券の GPS03210(年度)20151050003060903大手銀行地域銀行060900(兆円)(%)(注)日本銀行「金融システムレポート」より抜粋3年以下3~5年5年以上対TierⅠ比率(右軸)前述のとおり、GPSは実際の金融機関のリスク管理でも用いられています。例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)では国債、スワップ、預金・貸出、その他についてGPSを用いてリスク管理を行う事例を紹介しています。三菱東京UFJ銀行(2012)は、「『ALM委員会』等の場において、後述の市場リスク資本を勘案しながら、BS全体及び有価証券ポートフォリオにおけ82 ファイナンス 2021 Mar.連載日本経済を 考える

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