ファイナンス 2021年3月号 No.664
71/102

ネスネットワークが形成され、各国経済が相互に依存、補完し合っているところに特徴がある。政策的な経済統合の枠組みは実態として進んでいく企業活動の追随する形で構築された、いわゆる事実上(デ・ファクト型)の統合である。アジアの例に倣えば、域内各国が有する生産要素賦与条件が多彩であればあるほど相互補完性が働き、そこに参入する企業は生産と流通のフラグメンテーションを細かく最適化でき、また域内各国間の賃金格差が大きいほど国境を跨ぐ企業活動により利益の最適化を図ることができる。翻ってアフリカ大陸では、世銀がセーシェル以外は中所得国及び低所得国と分類するように、民間部門は相対的に活発ではない。歴史的にも、独立後のアフリカ諸国の指導者は自らの政治権力を維持すべく国家統制による経済運営を行ってきた。外資による資源採掘や農地開発はあったが他部門への波及効果を生んでおらず、特定産業が肥大化した経済構造が今もなお維持されている。産業に多様性が見られず、近隣国と類似した経済構造を持つアフリカ諸国は、自由市場の下でも自国の比較優位を特定できず、戦略的展開を企図する企業にフラグメンテーションを誘発できない。アジアが経験したデ・ファクト型の経済統合に対し、原則が先行する経済統合のあり方をデ・ジュール型と呼ぶが、AfCFTAはまさに後者といえる。アフリカ諸国は制度として結実したAfCFTAの下、アジアとは異なる独自の経済発展プロセスを推し進めていく必要がある。政治的合意としてのAfCFTA成立は喜ばしいが、大陸の中長期的、また持続的な経済発展のためには、これまでアフリカ経済を停滞させてきた既存の経済構造を解消し、産業の多角化を進めていく必要があることには、何ら変わりはない。2019年8月に横浜で開催されたTICAD7においても、日本の取組として、日本企業の進出とイノベーションを促進し、アフリカの経済構造転換への支援が掲げられている。*15) 第5条「原則(Principles)」(b)は、AfcFTAは“RECs’Free Trade Areas (FTAs) as building blocs for the AfCFTA”の原則に従って統治されるとしている。“The Agreement Establishing the African Continental Free Trade Area”*16) AfCFTAにより新たな自由化が実現する組み合わせは、既存のRECsには属さない国同士のみであるため、実はAfCFTAの経済効果は特段大きくないとの見方もある。*17) RECsは経済統合のみならず地域安全保障のための取組も活発に実施しているが、ECCASによる安全保障の取組に関し「アフリカのなかで最も脆弱なRECsの一つであるECCASが、地域としての一体性を著しく欠き、地域的なリーダー国もなく、かつ、政情がほぼ慢性的に不安定な中部アフリカの紛争対応を担っていくためには、これまでの首脳外交偏重のECCASの機構改革や組織能力強化に加えて、フランス、アメリカ、EU、AU、他のRECs、国連などからの支援とそれらとの連携が欠かせないだろう」との見方もあり、安全保障のみならず経済統合への取組もまたしかりである。ダニエル・バック(2019)「第V部地域 第18章 地域経済共同体」落合雄彦編『アフリカ安全保障論入門』晃洋書房p.236-254(2) 既存枠組みとの整合性-乱立、重複するRECs上述のとおり、アフリカ経済統合への取組はAfCFTAに始まったものではない。もともとアフリカ大陸各地域で経済活動を深化させるべく設立された地域経済共同体(Regional Economy Community:RECs)は、各RECs内で段階の差はあるものの関税撤廃等の経済統合を進めてきた。現在AUは、各地域の8つのRECsをアフリカ経済共同体(AEC)の基盤となるRECsとして公認している(図1)。AfCFTA設立協定は、一足飛びに大陸全体の自由化を進めるのではなく、既存のRECsをその基盤と位置づけている*15。相対的に経済統合への取組が進んだRECsとしては、ナイジェリアなど西部アフリカ15か国の西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、南アフリカなど南部アフリカ16か国の南部アフリカ開発共同体(SADC)、ケニアなど東部6カ国の東アフリカ共同体(EAC)がある*16。その一方、全てのRECsの統合が順調に進んでいるわけではなく、例えば中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)は、他のRECsと比べ「組織的にみてかなり脆弱であり、地域機関というよりもいまなお「首脳フォーラム」のような存在に近」く、「その加盟国が他の地域機関にも重複加盟しているケースが多く、組織としての求心力や一体性もけっして強くない」との評価もある*17。また複数RECsによる野心的な取組として、東南部アフリカ市場共同体(COMESA)と、上記EAC及びSADCは、2015年に3つのRECs間での広域自由貿易圏(Tripartite Free Trade Area among the COMESA, EAC and SADC:TFTA)協定に署名し、合計28か国間の関税撤廃を目指している。しかしながら署名後の各国批准手続きが進まず、筆者が入手し得た2020年2月のCOMESA報道発表では、発効条件である批准14か国のうち批准を達成したのは8か国に止まっている。また同報道発表ではTFTAによる ファイナンス 2021 Mar.67海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

元のページ  ../index.html#71

このブックを見る