ファイナンス 2021年3月号 No.664
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評者(株)国際協力銀行 ロンドン上席駐在員河本 光博ブレイディみかこ 著ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー新潮社 2019年6月 定価 本体1,350円+税グラウコトエには色がない。尻尾の長いエビのような形をしたこの水生生物は無色透明で、まるで自然界が作り出した彫刻作品のように美しい左右均等の身体をしている。成長するにつれ、2つの大きな変化が現れる。まず身体の色が、次第に赤みがかった白濁色に変わり、そしてもう一つ、貝殻を見つけてその中に無理矢理身体を押し込み、貝殻の中で成長していく。綺麗に真っ直ぐ伸びていた尻尾は次第に左右どちらかに大きく捻じれた形で成長し、その頃になると、「やどかり」と呼ばれる生物となる。「これ、来る前に読んだ方がいいよ。」2019年10月のロンドン赴任が決まると、前の年からルクセンブルクのインターに通う12歳の娘からこの本を推薦された。これは子供の本なのか?いやいや。君には学ぶことが多かったかもしれないが、パパは一応社会人20年目だし英国の学校に通うわけではないし、そして一応アメリカの大学院にも留学とかしてるし、まあでも、どれ…はい。目が覚めました。本書は、ロンドンの南にあるブライトンという海辺の町で、カトリック系の名門小学校から底辺中学校に進学した11歳の「息子」の様々な経験を通して、そこに反映されているイギリス社会の構造問題、経済格差や教育格差、そして普遍的な多様性の意味について書かれた本であった。*1) イギリスのチャンネル4『Da Ali G Show』という番組で、映画『ボラット』で有名になったコメディアンのサーシャ・バロン・コーエンが演じるアリGというキャラクターは、郊外に住む、黒人ヒップホップに憧れる労働者階級の白人青年。「チャヴ(Chav)」のステレオタイプを描いている。読み終えてまず、こういう風に一国の社会を学ぶ方法があるんだということに気付かされた。社会の構造を学門的に理解しようとしてみたり、“右”から見たり“左”から見たり、歴史から見たり国際比較から見たり、色んな方法はあるけれど、予断のない目に映り込んだ社会のありのままの姿と、それに対し先入観なく打ち返す純粋な反応を通じて、社会の実像が浮かび上がってくるような、そんなunbiasedなイギリス社会観を教えてくれる本であると思う。そういえば、こういう感覚を覚えた作品は過去に一つだけあった。1994年のアメリカ映画『フォレスト・ガンプ』だ。白人の歴史、黒人の歴史、ネイティブアメリカンの歴史、共和党、民主党、宗教、様々な視点から語り尽くされたアメリカの歴史を、唯一手がついていなかったunbiasedな視点から描くために、敢えて知能指数の低いフォレストを主人公にして、かくも劇的にアメリカ史を駆け抜けさせたのだと思う。本書ではフォレストの代わりに、驚くほど真っ直ぐに物事を見つめ、スポンジのように吸収し、そして自分の中でしっかりと咀嚼して理解する能力を持つ少年の目を通じて、イギリス社会の様々な問題を浮かび上がらせる。上流階級を表す「ポッシュ(Posh)」、白人労働者階級を表す「チャヴ(Chav)」*1、公営住宅に住む貧しい白人層は「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれ、東洋人は差別的に「チンク(Chink)」などと呼ばれる。階級社会であるイギリスには、様々な言葉が溢れている。個々のエピソードの詳細は実際に本書を手に取って読んで欲しいが、ハンガリー移民の子と「息子」が演じたアラジンの舞台、ポッシュ校と底辺校との水泳56 ファイナンス 2021 Mar.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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