ファイナンス 2021年3月号 No.664
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う議論が行われにくいのである。その実態は以下のようなものである*19。「例えば企業においても組織においても、ある方が大変自信を持って、ある事業計画を発表なさる。ご本人は大変自信を持っている、絶対に成功する計画であると。その会議で例えばどなたかが、「今のお話を伺っていると、こういう処にこういう問題は発生いたしませんか」という発言を仮にしたとしますと当事者はどういう反応を示すかというと、「君はわしの計画にケチをつけるのか」と言って非常に感情的になる。そこで引き下がればよろしいのでしょうけれども、更に食い下がって「しかし、もしも問題が起きたらどうなさるのですか」という質問をすると、「そのときは総力を結集して対応すればいいじゃないか」と。その総力を結集する計画も予めないんですよね。更に「いや、それでも問題が解決しない場合はどうするんですか」と言うと、「君、その時はわしが腹を切るよ」といった、そういう一連の考え方が、私たちの中にはまだまだあるのじゃないのかと思います。つまり、将来起こり得る問題点《リスク》を口にしようとしても、それを許さない雰囲気が日本の杜会に醸成されている」というのである。では、そのようにして失敗した時にどうなるかと言えば、腹を切ると言っても、腹を切らされるのは多くの場合部下になる。「トカゲのしっぽ切り」である。すべての責任をスケープ・ゴートのせいにしてしまうのである。これは、先の戦争についての戦争責任*20についても見られたことで、かつての戦争責任があいまいにされている背景には、責任を全て軍部というスケープ・ゴートのせいにしてしまったことがあると考えられる*21。実は、歴史を忘れないとして行われている議論も、責任を全て軍部のせいにしてしまい、その結果、政治のリーダーシップが最も求められる安全保障の分野で現実的な議論が行われにくくなってしまっているように思われる。8内閣府での経験マスコミを批判することは簡単だが、政治や行政はそれでは済まない。筆者は、内閣府の官房長だった時、併任で自殺対策を担当していた時期があった。当*19) 非公開の講演から。*20) 昭和17年のミッドウェー海戦は、我が国が先の戦争で敗戦への道を歩み始めた最初の負け戦であったが、その研究を横須賀海軍航空隊が行ったところ「誰の許可を得てやったのだ」と作戦部長にしかられ、報告書の回収を命ぜられたとのことである(杉野尾宜生、産経新聞2002.5.5)。*21) 戦後、幣原内閣は戦争調査会を作ろうとして禁止された。占領軍が禁止した理由は、本国で想定される戦争責任追及であったと考えられている(「犯したアメリカ愛した日本」三浦朱門、西尾幹二、ベストセラーズ、2002)。責任回避は、日本だけではないのである。*22) かつての金解禁不況も、無理な円高による交易条件の改善がもたらしたものであった(「恐慌に立ち向かった男 高橋是清」松元崇、中公文庫、参照)時は、長引くデフレの中、有効求人倍率が0.6前後となり、若者の就職難が続いて自殺者が増えていた。自殺を防止するためには周りの人が気づいてあげることが大切だというので、啓発のために筆者も東京駅での朝のティッシュペーパー配りを行ったりした。そんな中、担当者から人気グループのAKB48が啓発のキャンペーンに協力してくれるとの報告があり、早速ポスターが出来上がってきた。ところが、それが自殺対策を遊びで考えているとの批判を受けることになった。マスコミからそのように批判されると取りやめざるをえない。その批判の中で自殺対策が注目されることになったので、目的のなにがしかは遂げられたと思うが、協力してくれたAKB48の関係者には誠に申し訳のないことだった。もう少し、マスコミ対応をうまくできなかったものかと反省したところである。最近、政治への忖度ということが言われるが、内閣府の事務次官当時には、交易条件を改善すべきとの自民党の議論に対して問題点の指摘が不十分だったと反省している。交易条件の改善は、時と場合による。例えば、実力によらない円高による交易条件の改善はいいことではない。それは、リーマン・ショック後の円高という交易条件の改善が国内産業の空洞化をもたらしたことから明らかなことだった*22。当時、求められていたのは、実力を上げるために我が国の生産性をどう向上させるかという議論だったのだ。ところが、ドイツでの交易条件の改善に着目して日本でもとにかく交易条件を改善すべきだという議論が自民党での「空気」になっていた。それに対しての問題点指摘が不十分だったというわけである。かつて、政治のどんな議論に対しても、是は是、非は非とするのが、霞が関の伝統だった。公益に基づいて、自由に議論出来るのが魅力で霞が関を目指した若者も多かった。それが、政治への忖度で自由な議論が行われにくくなっているとすれば、問題と言えよう。9証券局時代の思い出証券局の補佐時代には、銀行と証券の業際問題を担当した。米国のMMF(マネー・マーケット・ファンド)54 ファイナンス 2021 Mar.SPOT

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