ファイナンス 2021年3月号 No.664
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中神 日本企業に関わってきた人は、みなで貧しくなってきました。たいがいの先進国では実質賃金はこの30年で約1.3倍から1.5倍になっているのですが、日本だけ1.05倍と、豊かさの実感がほとんど増えていません。労働分配率と総資産利益率(ROA)の推移をみると、日本企業のROAは横ばいをキープする一方で、労働分配率は長年低下傾向にあります。働くみなへの配分を減らしながら、なんとか利益をひねり出してきたにすぎません。では、従業員のみなさんを犠牲にして確保した利益で株主を潤してきたかというと、それがまったくそうでもない。年金資産の運用も低迷し、「2000万円問題」が大きな話題になりました。では、「みなで豊かになる」にはどうしたらよいか。資本コストを上回る利益水準「超過利潤」を持続させ、得られた「利回り」を再投資し続ける「複利の経営」が、株式価値を高めます。「超過利潤」を持続させるには事業の「障壁づくり」が重要で、そのためには「投資家の思考と技術」を経営に取り込み、適切なリスクテイクを行うことが欠かせません。実は、日本の従業員・役員の持株比率は、海外と比べて低いです。日本企業の従業員のコミットメントの高さや運命共同体的性格をうまく生かし、内部者が株を持つことで投資家の「思考」を取り込み、みなの「内発的動機」をドライバーにして、より良い経営を目指すのが日本企業経営の文脈に沿うと思います。企業の現金保有にも注意が必要です。高い利益を出すとBSに現金が溜まるスピードが高まります。そのまま放っておけば、BSの左側には現預金が溜まり、右側の株主資本の額も膨らみ、資本当たりの「利回り」が薄くなって複利水準が低下します。日本では経営者にアレルギーのある方も多いのですが、レバレッジ(借入)の活用も含め、投資家の「技術」を取り込むことも重要です。「経営者」・「従業員」・「株主」が一体となって変革に取り組めば、みなで豊かになることはできないか。これが『三位一体の経営』を書いてみようと思ったきっかけです。*1) 「ROE=純利益/自己資本」、「売上高利益率=純利益/売上高」、「資本回転率=売上高/総資産」、「レバレッジ=総資産/自己資本」であることから、ROE=売上高利益率×資本回転率×レバレッジと分解できる(「デュポン分解」)。内部留保(利益剰余金)が増加した場合、自己資本の増加を通じて、レバレッジが低下する。―コロナ危機では、日本企業の現金保有について、「ほら見たことか、現金を保有しておいてよかった」といった論調もありました。どのように考えられますか。中神 会社には思いもかけない危機があるので、慌てないためにある程度の現金を保有することについては、同感です。しかし、物事には適正な水準があります。「月商の2か月分」「人件費の2年分」といったフレームワークで考えるべきです。―レバレッジの活用も重要とのご指摘になるかと思います。他方で、日本企業の利益率を高めるには、「稼ぐ力」(売上高利益率)を高めることが重要で、レバレッジはあまり問題ではないとする見解もあります。経済産業省の「伊藤レポート」(2014年)は、「最低限8%を上回るROE(自己資本利益率)を達成することに各企業はコミットすべき」とのメッセージで話題になりましたが、ROE低迷の原因分析として、「ROEを売上高利益率、資本回転率、レバレッジに分解し*1、それぞれ日米欧で比較すると、回転率やレバレッジには大きな差がない」としていて(図表1)、「ROEの長期低迷の主因は、レバレッジではなく事業収益力の低さ」にあると結論付けています。日本企業のレバレッジの水準については、どのようにお考えになりますか。(図表1)経済産業省・伊藤レポート「ROEの長期低迷の主因は、レバレッジではなく事業収益力(売上高利益率)の低さ」ROE(%)売上高利益率(%)資産回転率(倍)レバレッジ(倍)日本製造業4.63.70.922.32非製造業6.34.01.012.80全体平均5.33.80.962.51米国製造業28.911.60.862.47非製造業17.69.71.032.88全体平均22.610.50.962.69欧州製造業15.29.20.802.58非製造業14.88.60.933.08全体平均15.08.90.872.86(出所)経済産業省「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト 最終報告書(伊藤レポート)」中神 望ましいレバレッジの水準は、リスクテイクとの関係で考えるべきです。事業リスクが低いならば、 ファイナンス 2021 Mar.45財務省再生プロジェクト 部局横断的勉強会(2)SPOT

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