ファイナンス 2021年2月号 No.663
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3.企業価値の創造に向けた実践1.「KAITEKI」経営2つ目の項目「企業価値の創造に向けた実践」についてお話しします。私が十数年経営を預かって、ずっと考えてきたのが三次元経営というものです。普通の人間でも、アスリートでも、強い者は心も強く、体も大きく、技術もある「心・技・体」が基本です。そういう意味では経営と国家運営は似たようなところがあると思うのですが、特に経営ですと、「体」の部分に当たるのがManagement of Economics(MOE)です。すなわちROEに象徴される資本効率でして、どれだけ稼ぎ、稼いで税金を払うかが経営のX軸です。儲けること、そして株主に報いることが企業の基本かもしれませんが、これだけではないだろうと思います。やはり、あるイノベーションを創出して価値を生みだす必要があります。そういうManagement of Technology(MOT)が経営のY軸です。この部分もしっかり考えていかなければいけません。X軸の部分である利益や資本効率といったものは、四半期あるいは月ベースで明確に数字として出てきます。これが基本となって株主価値・時価総額というものが決まるわけですが、本当にそうなのでしょうか。GAFAなど期待値ビジネスとかプラットフォーマーについて、経常利益と時価総額との関係をプロットしてみると、全く相関がないのです。例えばアマゾンは4、5年前まで赤字でしたが、それでも時価総額は高く、テスラもここ数年でようやく黒字化し、それほど高くはない利益しか生んでいませんが、将来価値が評価されて時価総額がとても高くなっています。Z軸は、二酸化炭素の問題や海洋プラスチック問題、食糧の問題、水の問題を含めて、企業活動そのものが社会に役立つようにしていく、すなわち、Management of Sustainability(MOS)です。資本の効率化を重視する経営(X軸)、イノベーション創出を追求する経営(Y軸)、そしてサステイナビリティの向上をめざす経営(Z軸)の三次元で織りなすベクトル、これこそが企業価値であると思って経営をするべきではないかと思います。2011年からスタートさせています。日本の化学産業は1950年代、60年代に環境を著しく汚したpollution sourceでした。そういう時代から、真摯な反省の下、solution providerとして環境の改善に取り組んでいます。例えば、福岡県北九州市の洞海湾は、1960年代には硫黄や硫酸で海の色が黄色でしたが、今はきれいなブルーです。四日市も、かつては化学工業などの産業が空を汚したことが原因で四日市ぜんそくが惹起されましたが、今は蛍が一部舞っているというくらい空気がきれいになっています。あるいはこの分野のキャパシティ・ビルディング(能力構築)のため、化学工業界全体が中国も含めたアジア諸国に技術協力を行っています。二酸化炭素の排出を減らすだけではどう見ても計算が合わないのであれば、植物の光合成のまねごととか、あるいはいろいろな触媒を使うとか、出してしまった二酸化炭素を戻す、そういう作業も重要だと思います。2.企業活動の判断基準私は、13年前社長になった2007年に、企業活動の判断基準を作りました。従来の生産部門については儲けを重視して考えるけれども、新たに進める研究開発の事業化については「Sustainability(環境・資源)」「Health(健康)」「Comfort(快適)」の3つのどれかに貢献するものにしていこうという基準です。この3つをメインに、8つのテーマで事業開発を進めてきました。例えば軽量化部材です。自動車や飛行機を軽くすることでガソリンの使用量が減りますので、炭素繊維やコンポジット材料の開発に取り組んでいます。開発研究に着手してから40年経っていますが、いまだに赤字と黒字を繰り返しています。この8つのテーマの中で唯一儲かっているのは、リチウムイオンバッテリーの電解液や負極材です。Sustainabilityをベースとした8つのテーマは、13年経ってもほとんどが赤字で苦しんでいる、そういう類のものだということを理解していただければと思います。LEDにも使われているガリウムナイトライドは、5Gや6Gの新しい通信の素材、半導体ですが、これも毎月2億円の赤字で十数年間やっています。それか ファイナンス 2021 Feb.65職員トップセミナー 連載セミナー

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