ファイナンス 2021年2月号 No.663
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した「コト」の時代へ、その先は人々のWell-beingである「ココロ」にまで入っていく、そういう時代が来ているのではないでしょうか。(5)GDPの限界GDPという計測の尺度は20世紀の大発明であることは間違いないのですが、私は、GDPは本当の経済活動を正しく表しているのだろうかという問題意識を持っています。GDPはバーチャルな部分を完全にはカウントできていないのではないかという疑問です。かつて数千万円、あるいは1億円もするようなコンピューターが、今や人々のポケットの中に10万円以下のスマホとして入っています。人々が得ている基本的な価値、ユーティリティー、効用がとても上がっていることをどう捉えるのかは我々にとっては大変な関心事です。GDPに消費者余剰もカウントすることが本当のメトリックだと思います。日本では、1990年から2020年までGDPはほとんど飽和していますが、本当に人々のWell-beingは飽和してしまったのでしょうか。本当にローレンス・サマーズのいう「長期停滞(Secular Stagnation)」の時代に入っているのでしょうか。リアルの部分はもう飽和しているけれども、バーチャルな経済はどんどん進化していて、それをカウントできていないだけなのではないかという気がします。発展途上のアジアの一部の国では、GDPが上がれば人々のWell-beingも上がっていくわけですが、ある地点を超えるとGDPがいかに上がろうともWell-beingは横ばいとなります。私は、GDPの計測の尺度についてもう少し議論が必要だという問題意識を持っています。3.持続可能性をめぐる現状(1)二酸化炭素排出量の推移世界の二酸化炭素の排出量は、今や毎年300億トンという事態になっています。世界銀行やIMFは、新型コロナウイルスの影響で2020年はGDPが前年比4%~6%減少すると予測していますが、大変な経済的ダメージを受ける割には、2020年の世界の二酸化炭素の排出量は前年比8%しか減少しないとIEA(国際エネルギー機関)が予測しています。これほどのリセッションに近い経済状況になっても二酸化炭素排出量は思うようには減りません。温暖化対策の新しい枠組みであるパリ協定(2016年11月発効)をベースに議論すると、2030年時点において、世界の平均気温上昇幅を産業革命以前に比べ2度に保つためには、毎年7.6%ずつ二酸化炭素排出量を減らしていかなければならないのですから「2050年に 温室効果ガス80%削減」という日本の目標実現とか「ビヨンド・ゼロ(フローの排出量をゼロにするだけでなく、過去に排出されたストックとしての二酸化炭素についても削減)」というのは大変なことなのだという実感を持たなくてはなりません。今や財政がこれだけひっ迫している中で、この20年~30年間に発生が懸念されている首都直下型地震や激甚化する他の災害に対して、次から次にお金が必要となるという意味においては、かつてのEvidence-based Policy Making(証拠に裏付けられた政策形成)もよいけれども、同時にForecast-based Policy Makingも必要なのではないでしょうか。(2)革新的環境イノベーション戦略二酸化炭素というのは石炭や石油を燃やすことで発生するだけではなくて、農業由来のものもあるので、単純に二酸化炭素を減らすだけで本当によいのかということも考えるべきだと思います。そうであれば、脱炭素とか、低炭素という発想では足りないのであって、人間の文明によって作り出された二酸化炭素をもう一度カーボン源に戻す「カーボンリサイクル」というコンセプトが注目されてきています。2020年に国の方でも革新的環境イノベーション戦略がまとめられました。「カーボンリサイクル」は日本が技術的にも進んでいます。具体的にはCCUSという、二酸化炭素(Carbon)を回収する(Capture)、それを利用する(Utilization)、あるいは貯留する(Storage)、ということを推進していく技術です。さらに極端なことを言えば、DAC(Direct Air Capture)という、空気中に出た二酸化炭素を何らかの技術で圧縮して地中に埋め込むか、水素を使って二酸化炭素を還元して炭化水素にする。このようなことをやっていかないと、地球はもたないことを真面目に考える必要があると思います。64 ファイナンス 2021 Feb.連載セミナー

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