ファイナンス 2021年2月号 No.663
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いてお話しします。4つ目は「日本の国家価値と日本企業の進路」です。新しい企業価値を敷衍した国家価値とは何なのか。これについて4年にわたり経済同友会で代表幹事を務めた時に議論したことや、今後の日本企業はどのような進路をとるべきなのかについてお話しします。2.「不確実な世界にどう向き合うのか」1.革命期にある現在(1)今の時代をどう見るか私は、現代がおそらく人類が今まで経験したことのない大革命期に入ったと思っています。「サピエンス全史」の著者として有名なイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは2018年のダボス会議で「デモクラシー(民主主義)は大変な危機に瀕している。中国を代表とするデジタル・ディクテータシップ(独裁)にどう対峙していくのか。キャピタリズムはデータを握る一握りの人間に支配されるデータイズムに代わり、富はGAFA(米国の主要IT企業4社)のようなプラットフォームを支配する一握りの人間に集中して、ミドル・クラスのほとんどは『ユースレス・クラス』という無能な集団に位置付けられる」ということを言っています。そして、今でこそインクルーシブ(包括的)と言われているが、これからは分断されてエクスクルーシブ(排他的、独占的)な社会になり、グローバルなマルチラテラリズム(多国間主義)がユニラテラリズム(一国主義)になるといった現象を例示して、「このままにしておくと、世界はディストピア(反理想郷、暗黒社会)になってしまう」と警告しました。ではどうしたらいいのでしょう。「AIが生み出すこうした状況は『ユースレス・クラス』を生み、経済的にはベーシックインカムに象徴される分配が重要だろう」ということを彼は言いたかったのかもしれません。ハラリは2020年のダボス会議で「B*C*D=AHH!」(生物学の知識×演算能力×データを=人間ハック能力)、すなわち「コンピューターとバイオサイエンス、それにプラスしてデータを集積していくと、人間自体がハックされてしまう。アルゴリズムとデータがすべてを制する」と極端なことを言って議論を呼んでいます。これに対抗するようにドイツの哲学者である新実存主義のマルクス・ガブリエルは「基本的にそういったものは人間そのものとは別だ」と主張しています。また「The Second Machine Age」(2014年)等の著作があるマサチューセッツ工科大学のアンドリュー・マカフィーは「More from Less」(2019年)という著作において「これまで人類は化石燃料をひたすら燃やし、いろいろなものをひたすら生産、消費し続けてきた、いわばMore from Moreだった。しかし、今やネットとテクノロジーによって、たくさんのエネルギーを使わなくても多くのWell-being(幸福、満足)を得ることができる」と言っている学者もいます。そのほか、ジャック・アタリのように利他主義を唱える学者もいます。面白いなと思うのはダニ・ロドリックという政治経済学者が、「グローバリズム」、「国家主権」、「デモクラシー」という3つの同時追求は不可能であり、この3つのうち2つしか実現できないと主張していることです。例えばEUの統合プロセスでは「国家主権」は一部収縮しますし、中国やシンガポールは民主主義を犠牲にして「グローバリズム」、「国家主権」を前面に出してきます。イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ大統領によるアメリカオンリーの政策は「グローバリズム」を犠牲にします。こういう議論の中で、日本は「グローバリズム」、「国家主権」、「デモクラシー」の3つを中途半端ながらうまくバランスを取っているのではないかと思います。(2)「グレート・リセット」AIとバイオと量子コンピューターテクノロジーが進歩する中で、どういう方向性を目指すべきなのか、ダボス会議の主催者であるクラウス・シュワブが最近一つのヒントを提示しています。シュワブは、この「グレート・リセット」の時代に、特にパンデミックという危機から見えたことをベースにして考えるべきは公平性だろう、だからこそ第4次産業革命(日本ではソサエティ5.0)を加速しなければいけないだろう、米中対立がある中で国際協力をどこまで推し進めることができるかが課題となると提言しています。62 ファイナンス 2021 Feb.連載セミナー

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