ファイナンス 2021年2月号 No.663
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現存しないが、建物よりも長い歴史を持つ無形の歴史遺産が多数残っている。相模湾の漁業、屈指の往来を誇る宿泊拠点を背景とした地場産業である。東海道とこれに並行する千度小路、街の縦軸を成す甲州道を中心に老舗が分布している。蒲鉾は小田原を代表する地場産品だ。その他ういろう、干物、漬物、かつおぶし、小田原漆器や寄木細工など小田原の発展を支えた伝統産業が息づいていている。老舗の技と商品を歴史的な文脈で再構成し、街に点在しつつも一つのまとまりを持った歴史博物館のように立ち上げたのが「街かど博物館」だ。「街かど博物館」の文字を染め抜いたのぼりが目印で、現在17の老舗が取り組みに参加している。老舗の建物を活かし、販売のかたわら来店客が伝統産業の歴史や製造工程を学べるよう展示に工夫が凝らされている。作業体験ができるところも多い。たとえば、慶応元年(1865)創業の鈴廣は「かまぼこ博物館」という博物館名でかまぼこ、ちくわの手作り体験を開催している。明治に創業した松崎屋陶器店の博物館名は「陶彩ぎゃらりぃ」。ここでは招き猫絵付け体験ができる。伝統産業の「なりわい」の動きをあるがままに観察できる点で、博物館でいえば形態展示に対する「行動展示」に例えられよう。街かど博物館で学べるのは生きた地域史だ。図5 小田原宿なりわい交流館(出所)令和2年12月19日に筆者撮影城下町の時代、国道1号の曲がり角には高札場があった。当時の街の中心ともいえるこの場所に、町家を改装した「小田原宿なりわい交流館(図5)」がある。昭和7年(1932)に再建された建物で元は網問屋だった。開業は平成13年。1階は無料休憩所、2階は小田原ちょうちんの製作体験など各種イベントが催されるスペースとなっている。伝統的な商家の建築様式、軒先が店の前に突き出た出だし桁げた造りが特徴だ。足元には自然石で覆われた溝がある。江戸時代に東海道に沿って布設された小田原用水の送水路を再現している。成長の時代を過ぎて現れる街の魅力小田原においても街の中心は街道沿いから駅前に移転した。今も中心に変わりないが郊外大型店との競争を経て中心商業の面では陰りが見える。しかし、それが街の魅力とは必ずしも関係しない。住まう街として別の尺度があることを小田原のケースは示唆している。カギは街の歴史を活かした街づくりである。歴史といっても歴史的建造物が必須なわけではない。建物より古くからある「なりわい」が建造物の少なさを補ってあまりある。街の歴史の「行動展示」だ。成長の時代が一段落したことで、それまで覆い隠されていた街本来の魅力が再び表面に出てきている。「熟成」と言えばよいだろうか、かつて中心地であったところほどそうした傾向がうかがえる。大型店がたくさんあった時期とは多少異なるが、今でも駅前には活気がある。リニューアルされた地下街は明るく、再開発によって駅ビルの隣に複合施設「ミナカ小田原」が昨年できた。町家が連なる商人町をイメージした低層棟は飲食店・スイーツ中心のモール、14階建のタワー棟には図書館や子育てセンター、医療モールなど生活に必要な要素が揃っている。周辺に住む人が土日祝日に買い物に遊びに来るための中心地から、そこに住み、文化の気風に囲まれながら快適な日常生活を楽しむ場に変わりつつあるようだ。人にとって何が良いと感じるか、街の魅力の尺度もまた然りである。プロフィール大和総研主任研究員 鈴木 文彦仙台市出身、1993年七十七銀行入行。東北財務局上席専門調査員(2004-06年)出向等を経て2008年から大和総研。専門は地域経済・金融 ファイナンス 2021 Feb.57路線価でひもとく街の歴史連載路線価でひもとく街の歴史

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