ファイナンス 2021年2月号 No.663
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多様なステークホルダーの役割一点目として、特にパリ協定が成立した2015年以降、気候変動の議論において、民間の金融機関・投資家や企業、NGO、サブ・ナショナルと称される州や市といった地方公共団体など、多様なステークホルダーの役割が重視されてきたことが挙げられる。昨年1月に行われたダボス会議では、世界における官民のリーダーが注目すべきリスクとして、気候変動をはじめとする環境リスクが最も重要なリスクと紹介され(「グローバル・リスク報告書」(2020))、これらの問題に対して関係者が部門横断的に連携し取り組んでいくことが重要とされた。同会議に際しては、ブラックロックやマイクロソフトなど複数の民間企業も脱炭素化に向けた自社のコミットメントを表明した。また、昨年12月には、パリ協定の成立から5周年を記念した気候アンビション・サミットが英国やフランスの主導で開催された。脱炭素化に向けた“Race to Zero”というグローバル・キャンペーンの下、2,500以上の企業、都市、投資家やNGO等が排出量のネットゼロを宣言している。ニーズの多様化・複雑化中長期的なトレンドの二点目としては、一点目とも関連して、公的部門による気候変動対策に求められる内容が、通常の「軽減」や「適応」を超えて、より多面的で複雑になっているという傾向である。例えば、公的支援に裏付けられた再生可能エネルギーへの投資であれば、従来は発電所等の建設(及びその安定的な維持管理)が文字通り唯一の目的として着目されてきたが、昨今では、特にコロナ禍への対応なども背景に、投資に伴う雇用創出効果がどの程度となる、といった対策のマクロ経済的な側面が意識され、強調されるようになっている。また、脱炭素に向けた経済社会の移行が、弱者保護やジェンダーバランスの確保など社会的により包摂的(インクルーシブ)なものとなることが明示的に求められるようになった。この点は、特に脆弱な貧困層を抱える新興国・途上国における開発という文脈において顕著といっていいが、このほかにも、例えば、カーボンプライシングの議論にお*10) 例えば、海抜の低いオランダでは、洪水被害を軽減するために海外沿いの塩性湿地を活用することで波高を低くとどめる、といった取組が行われている。いて、炭素税による収入をしばしば想定される環境目的とは別に、脱炭素化への移行に伴いしわ寄せを受ける弱者への社会政策の財源にできないか、といった議論が行われるようになっている。こうした傾向は、脱炭素に向けた動きがグローバルでより切実かつ大規模になっていく中で、それに伴う負の影響を同時に解決していく必要性が現実的に高まっていることを示唆していると思われる。「軽減」と「適応」の統合中長期的なトレンドの三点目としては、上述してきた「軽減」と「適応」という気候変動における二つの柱について、それぞれを統合して進めていくアプローチが着目されているという点である。典型的なものとして、“Nature based Solution(NBS)”というアプローチがある。例えば、洪水など水害に対して、従来であれば、コンクリートや鉄筋を用いた堤防やダムなど「グレー・インフラ」を建設して対応していたものを、すでに現地に存在するマングローブ林や湿地などを「グリーン・インフラ」として保全・整備することを通じて、そうした問題に対応しようとするものである。これにより、「グレー・インフラ」の建設に伴うGHGの排出を「軽減」しつつ、より安価で広範に「適応」の効果を展開していくことが期待されている。NBSは新興国・途上国のみならず、欧州を中心として先進国でも数多くみられている。*10コロナ禍からのグリーン・リカバリーの文脈においても、例えば、ニュージーランドやインド、エチオピアといった国々が、NBSに関連する項目を各々の景気刺激策に採り入れたという経緯もある。あまり知られていないが、2019年に日本議長下のG20において公表された「質の高いインフラ原則」においても、NBSの概念は原則3(環境配慮)において“Ecosystem-based adaptation”という名称で既に盛り込まれているところである。なお、NBSのほかにも、特に新興国・途上国における開発の文脈では、“Landscape approach”と称して、農村部における開発を「軽減」と「適応」の双方から一体的に検討していく手法がトレンドとなっている。48 ファイナンス 2021 Feb.連載海外 ウォッチャー

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