ファイナンス 2021年2月号 No.663
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通するといっていい。それに対して、「適応」の場合は、上述した通り案件によってその形態が大きく異なり、しかも各々の規模が相対的に小さいことも相まって、民間投資家からみれば案件組成やスケールアップが困難となり、結果として「軽減」の案件に比べて投資対象としづらい傾向がある。この点は、投資家側のみならず発行体側からみても同様であり、全世界のグリーン・ボンド(後述)の発行実績のほとんどが「適応」ではなく「軽減」に係る発行であるといっていい。「適応」の場合、総じてコストやリスクに見合ったリターンが見出しづらい場合が多い、ということであり、逆に言えば国際機関や政府、NGO*8など公的部門の役割が重要となる。また、後述するように、リスクのプーリングなどで対応する場合もある。このように、ひとことで「軽減」や「適応」といっても、グローバルにみるとそれぞれで優先すべき検討の対象国・地域や政策のベストミックス、資金調達のアプローチに異なる傾向があることに留意が必要である。なお、気候変動対策の二本柱である「軽減」と「適応」については、長らく「軽減」の方が国際的な議論の主流であり、徐々に「適応」も重要との認識が浸透されてきたという経緯がある。事実、「軽減」と「適応」に対するMDBs全体の支援額をみても、足元で「軽減」が46.6十億ドルであるのに対して「適応」は14.9十億ドルとなっており(EBRD(2020))、まだまだ両者のギャップは大きい。こうした中、パリ協定では、「適応」に係る支援を今後大きく増加していく必要性が謳われた。気候ファンドの一つであるGCF(Green Climate Fund)は、「軽減」と「適応」に関する支援ポートフォリオを同額にしていくとのコミットメントを表明している。(2)ファイナンスに係る諸課題このような気候変動対策における「軽減」と「適応」のアプローチを踏まえ、現在、国際的に議論されているファイナンスに係る諸課題を個別に概観してみよう。気候変動とファイナンスという、従来であれば*8) 例えば、保健分野での支援で有名なゲイツ財団(総資産規模:51十億ドル(2019年現在))は、気候変動問題についてはこれまで特に農業分野での「適応」に力を入れている。ビル・ゲイツ氏は、GCA(Global Commission on Adaptation:グローバルで「適応」の取組の促進を目指す公的・民間部門連携のプラットフォーム)の共同代表の一人でもある。畑違いであった二つの分野が関係して議論されるようになった要因としては、(1)気候変動に係るリスクが高まり、マクロ経済や金融に無視できない影響を与えるようになったと広く「認識」されはじめたこと、(2)気候変動対策の実効性を高める上で、部門横断的に大きな影響力を持つファイナンスの主体(財務・金融当局や中央銀行、金融機関、投資家等)に強い期待が寄せられるに至ったことが挙げられると思われる。ファイナンスについて、現在、議論されている主要なトピックには以下のようなものが挙げられる。(i)カーボンプライシングまず、「軽減」の取組の代表例としても挙げたカーボンプライシングとは、通常、外部化されているGHG排出によってもたらされる社会的な費用(例えば、気温上昇や海面上昇等)に価格をつけることであり、それによって当該費用を内部化させることで、排出を抑制するよう投資・消費行動の意思決定に影響を与えようとするものである。こうしたプライシングは単位CO2当たりで表され、パリ協定に整合する炭素価格は2020年までに最低40-80ドル/tCO2、2030年までに最低50-100ドル/tCO2とされている(Stiglitz&Stern,2017)。しかしながら、現状では足元の炭素価格はグローバルで加重平均すると20ドル/tCO2程度である。カーボンプライシングの取組の代表例としては、炭素税と排出権取引があるが、広義のそれとしては負の炭素税としての化石燃料補助金の撤廃や炭素価格の国境間調整なども現在議論されている。(ii)気候変動に配慮したマクロ経済モデリング/サーベイランス気候変動がマクロの経済に与える影響を論じた古典としては、2006年に公表された英国の「スターン・レビュー」が挙げられるが、そこでは、「気候変動について何らかの対策を取らなかった場合、気候変動における全体的なコスト及びリスクは、毎年々のGDP5%分の損失と同程度となる」と推計されている。46 ファイナンス 2021 Feb.連載海外 ウォッチャー

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