ファイナンス 2021年2月号 No.663
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についていえば、脱炭素化や低炭素化のためには石油・石炭など従来の化石燃料から太陽光PVや風力など再生可能エネルギーへと転換していくことが基本であり、再生可能エネルギーの発電設備やスマートグリッド、CO2回収・貯蓄設備等の建設及び蓄電池の開発などがオーソドックスな取組である。運輸部門の場合、EV(電気自動車)などの促進によりガソリンなど化石燃料に依存しない手段も出てきているが、大元となる電源そのものが石炭・石油など化石燃料由来であると、削減効果にはどうしても限界が生じることに留意する必要がある。なお、上記において特筆した中国の状況を見ると、エネルギー部門が全排出量の85%を占める結果となっている。エネルギー部門に係る政策的含意このようなエネルギー部門、特に電力部門の有するファイナンスに係る政策的含意としては、まず、一般的にこの分野は少なくとも短期的には需要の価格弾力性が低いという特徴があり、カーボンプライシングを導入したとしても政策効果の実現には一定の時間を要することが挙げられる。つまり、炭素価格が高まったとしても、すぐには需要が減少せずそれに伴う排出削減が期待できないということだ。特に新興国・途上国にとっては、電気が使えないならガスで対応しよう、という具合に、代替できるエネルギーインフラが十分整備されているとは限らないことから、この政策ツールだけみれば移行により多くの時間を要することが考えられる。また、この分野では、グリーン・フィールド、つまり新規の発電設備等の建設案件の場合、操業までに相当程度の期間を要すること、また、操業以降も通常耐用年数が数十年という長期の資産となることといった特徴があり、時々の政府の方針によって柔軟にスクラップ・アンド・ビルドできるような実務の世界ではないことに注意を要する。企業や金融機関における投資計画に混乱を来さぬよう、長期的にみて目標と整合的で予見可能な道筋を示すことが重要だ。また、産油国や石炭産出国など資源国では、財政収入や*6) なお、このほかにも、ファイナンス面では原油や石炭などコモディティ市場・コモディティ価格と気候変動対策の関係が想起されるが、既存の文献でこの点を扱ったものは限られている。興味深いのは、米国FRBに先立ち、昨年9月に米国CFTC(Commodity Futures Trading Commission)において気候変動と金融安定に係る報告書が公表された経緯があったことだが、その内容はカーボンプライシングや気候関連リスクの監督などに関するオーソドックスなものであり、必ずしもコモディティについて突っ込んだ考察がなされているわけではなかった。*7) 気候変動の文脈において、通常、日本では“mitigation”を「緩和」と訳して議論することが多いが、語感の観点から、ここではあえて「軽減」と訳して用いることとしたい。外貨獲得手段の一定程度をエネルギー資源収入に依存している場合がある。上記の【グラフ2】では、資源国であるロシアやインドネシア、イラン、オーストラリアなども排出上位国に位置することが分かるが、こうした国々の内外で本格的な化石燃料からの離脱・再生エネルギーへの転換を追求する場合には、政治経済的、及びマクロ経済的にみたインプリケーションが非常に大きいことに留意する必要があるだろう。*63.気候変動対策の概要(1)「軽減」vs「適応」気候変動対策は、大きく分けて「軽減(mitigation)」*7と「適応(adaptation)」の二つのアプローチに分けられる。「軽減」とは、CO2など温室効果ガス(GHG)の排出を軽減させることを意味し、再生可能エネルギーへの投資や植林などが典型例である。「脱炭素化」や「低炭素化」という言葉は、基本的に「軽減」のアプローチの概念である。それに対して、「適応」とは、自然災害など地球温暖化によってもたらされる悪影響を抑制することを意味するものであり、例えば、大型台風が来ても容易に機能停止しないような都市計画やインフラ建設などを通じて、当該地域・国における経済社会のレジリエンスを高めていく取組が挙げられる。しばしば「気候変動に配慮した●●」というが、基本的にどのような場合でも、これら「軽減」と「適応」という二つの考え方のいずれか、または双方に帰着すると考えてよいだろう。例えば、「気候変動に配慮した金融リスク管理」についていえば、脱炭素化に向けた取組を念頭に化石燃料の使用を減らしていこうとする流れは、そうした燃料を用いた発電設備の資産価値を減価させていくことにつながると考えられる(このことを移行に伴う「座礁資産(stranded asset)」という)。こうした脱炭素化への動きに伴う「移行リスク」への対応として、そうした資産からのダイベストメントを促すのであれば、それは文字通りファイナンスの面からGHG排出を「軽減」させる取44 ファイナンス 2021 Feb.連載海外 ウォッチャー

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