ファイナンス 2021年2月号 No.663
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1.はじめに本年1月、バイデン民主党上院議員が正式に米国大統領に就任した。バイデン大統領は、大統領選期間中より、これまでもっぱら欧州がリードしていた気候変動の分野において、「米国が新たに国際的なリーダーシップを発揮していく」としており、その公約通り、就任一日目で気候変動に係るパリ協定*1に復帰。就任二週間目には気候変動対策に係る大統領令に署名するとともに、本年4月には気候変動に係る首脳級会合を主催することを発表した。気候変動は、こうした外交的な側面のほか、エネルギー問題や自然環境問題、新興国・途上国における開発問題など様々な側面を持つ政策課題である。また、特にファイナンス(財務・金融)に関わる者の間では、その対策として、カーボンプライシングや開示規制、金融リスク管理など関連する様々な政策ツールが議論されており、課題や取組の全体像を捉えるのが非常に厄介な分野である。本稿の目的は、こうした多面的な性格を持つ気候変動問題について、地球規模でみたその経緯や実態を明らかにするとともに、気候変動対策の概要、中長期的なトレンドをあらためて紹介し、それらがファイナンスの諸課題にどのように結びついているかを概観することである。すなわち、ここではファイナンスに係る個別の政策ツールを突っ込んで議論するのではなく、あえて気候変動問題に係る基本的な事柄を広く概観す*1) 2015年にCOP21にて合意。パリ協定は、長期的な目標として、温暖化による破滅的な影響を免れるために必要とされる「2度目標」を定めている。すなわち、19世紀の産業革命による工業化以前と比較して、平均気温の上昇を「2度を十分に下回る」水準に抑え、さらに、1.5度まで制限する努力を継続することとしている。また、同協定では、各国が削減目標や対策を含むNDC(Nationally Determined Contribution:自国が決定する貢献)や2050年までの戦略を示すLTS(Long Term Strategy:長期戦略)の策定等を求めている。*2) 高所得国:一人当たりGNIが$12,536以上の国。いわゆる先進国等が含まれる。高中所得国:一人当たりGNIが$4,046以上$12,536未満の国。ブラジル、ロシア、中国等が含まれる。低中所得国:一人当たりGNIが$1,036以上$4,046未満の国。インド、ベトナム、ナイジェリア等。低所得国:一人当たりGNIが$1,036未満の国。アフガニスタンやルワンダ、南スーダン等。ることで、個々の検討のための大枠を用意することに議論の主眼を置くこととしたい。なお、本稿の意見に係る部分は筆者の個人的な見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではない。2.気候変動の現状(1) グローバルでみた温室効果ガス(GHG)排出の現状IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書によれば、パリ協定が目標とする温暖化を産業革命対比1.5度に抑えるためには、世界全体の人為起源のCO2の正味排出量を2030年までに2010年比約45%減少させ、2050年前後に正味ゼロにする必要があると推計されている。これは、規模感でいえば2030年までに世界全体の排出量を概ね35GtCO2eq/年(CO2換算で年間35ギガトン(ギガは10億の意)分の排出量)にまで抑えることを意味している。気候変動は本質的に地球規模の問題であることから、その要因や解決を検討するうえでは国際的な分析や比較の視点が欠かせない。全世界の国々を所得水準別に分けた場合*2、1995年以降の温室効果ガス(GHG)排出量の推移をみると、G7等を含む先進国(高所得国)全体の排出量がおおむね横ばいで推移しているのに対して、新興国・途上国(中所得国及び低所得国)では増加傾向にあるのが分かる(【グラフ1】参照)。なかでも、中国の伸びは突出しており、1995年以降、全世界FOREIGN WATCHER海外ウォッチャーファイナンスの観点からみた 気候変動問題世界銀行 シニア・オペレーションズ・オフィサー 向井 豪 ファイナンス 2021 Feb.41連載海外 ウォッチャー

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