ファイナンス 2021年2月号 No.663
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評者渡部 晶鹿島平和研究所/PHP総研 編日本の新時代ビジョン ~ 「せめぎあいの時代」を生き抜く 楕円社会へ株式会社PHP研究所 2020年10月 定価 本体1,100円+税本書は、鹿島平和研究所と政策シンクタンクPHP総研が2015年8月から共同で進めてきた「新時代ビジョン研究会」の活動をまとめたものである。テーマは、「変われない日本」を変えるにはどうしたらいいか、である。研究会メンバーは、小黒一正(法政大学教授/鹿島平和研究所理事)、金子将史(PHP総研代表/研究主幹)、亀井善太郎(PHP総研主席研究員/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授)、末松弥奈子(ジャパンタイムズ代表取締役会長兼社長)、永久寿夫(PHP研究所取締役・専務執行役員)、平泉信之(鹿島平和研究所会長)、松本道雄(CBREグローバルインベスターズ・ジャパン取締役/鹿島平和研究所理事)、御立尚資(ボストンコンサルティンググループ シニアアドバイザー)の各氏。本書の構成は、第一部なぜ私たちは変わらなければならないのか、第二部対話篇、第三部せめぎあいの時代を生き抜くために、となっている。第一部と第三部は、研究会で重ねてきた議論を亀井善太郎氏がまとめ、さらなる検討を経て完成、第二部は、十七名のゲストスピーカーとの対話である。十七名は、御立尚資、戸部良一(防衛大学校名誉教授)、片山杜秀(慶應義塾大学教授)、長谷川眞理子(総合研究大学院大学学長)、西垣通(東京大学名誉教授)、安宅和人(慶應義塾大学教授)、椿昇(現代美術家)、本田直之(レバッジコンサルティング代表取締役CEO)、長谷川順一(Preferred Networks 執行役員 最高業務責任者)、青野慶久(サイボウズ代表取締役社長)、伊丹敬之(国際大学学長)、三品和弘(神戸大学教授)、湯崎英彦(広島県知事)、髙島宗一郎(福岡市長)、片山健也(ニセコ町長)、大屋雄裕(慶應義塾大学教授)、宮田裕章(慶應義塾大学教授)の各氏である。第一部では、前半で、日本がいまこそ変わらなければならない理由を挙げている。それは、日本の戦後のライフサイクルが、終戦で終わった戦前との比較で終わりにあり(終わりは財政破綻~インフレを想定)、新しいサイクルに向けた社会の準備が必要であること、次の方向性を見出すべきこと、サービス化の時代であるのにものづくりの成功体験から転換できていないこと、「孤立」の克服のため社会の変化が必要であること、高齢化への対応、などによる。そして、後半で、これからの時代の本質を、(1)グローバル化と国家の復権、(2)工業化とデジタル化、(3)テクノロジーの活用とリスク社会化、(4)ヒエラルキーとネットワーク、の四つの軸での「せめぎあい」と捉えた。時代の分岐点には、「旧勢力の徹底的な破壊とセットのハードランディング待望論」が出てくるとし、そうなると弱者ほどより厳しい現実に直面し、犠牲にされることになると冷静に指摘する。そして、知性の力で工夫を重ね、この難局を具体的にいかに乗り越えるのか、自らいかに変化していくのか、知恵を絞り、集め、実践につなげていく道しかないという。第二部は、例えば、「日本版故宮をつくれ」(椿昇)、「食こそ最強の観光ツール」(本田直之)、「『厳しい人本主義』への回帰」(伊丹敬之)、「株主重視と社員重視のあいだ(「中庸の制度設計」を)」(三品和弘)などの興味深い対談が満載されている。第三部では、せめぎあいに「向かい続ける力」の重要性が強調される。その上で、既存の制度の下で、新たな具体の動きを実現できる人たちの存在を指摘し、周縁において動きが起こっているとする。今までの中心に加えて、新たなもう1つの中心をつくり、増やし、円を楕円にしていくというのだ。その場としては、「地域」、「企業」、そして「教育」をあげる。ほとんどのゲストスピーカーが教育の重要性をあげたという。次の世代のために有効なリソースの配分の必要性を痛感する。そして、この時代を日本が生きていくための五つの原則として、(1)人を大切にする社会、人に投資する社会に、(2)言葉・歴史・風土に根ざす価値を再発見し、世界に伝えられる日本に、(3)変化の兆しを受け止め、学び合える、寛容な日本に、(4)検証可能な記録を残し、自らを律し育てる日本に、(5)情報を共有し、みんなで未来を決めることができる日本に、を示す。本書を通読して「ハードランディング」待望論を退け、粘り強く、時代変化に対応していく前向きの姿勢に共感を覚えた。同じPHP新書で、登場する論者も一部重複する「変質する世界 ウィズコロナの経済と社会」と併せての一読を是非お勧めしたい。40 ファイナンス 2021 Feb.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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