ファイナンス 2021年1月号 No.662
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けていることが明らかとなったとしている。さらに、学生の社会特性に由来するばらつきは殆ど観測されない一方で、就職を控えた4年生の就職率の差分は他の学年の3倍にも達したことも判明したとしている*29。日本でも各種労働力関連のサーベイから感染拡大期間における経済の実態が明らかにされている。Fukui et al.(2020)は2019年1月から2020年5月の求人情報を利用し、当該期間の労働市場の状況を明らかにしている。この研究では、地域ごとの求人件数は地域の外出自粛割合と負の相関を持つほか、求人件数低下の80%は大企業の採用凍結に因ること、在宅勤務が可能な職種の求人件数低下が比較的抑えられていることなどを報告している。遠隔勤務については、Kawaguchi and Motegi(2020)が遠隔勤務と労務管理に関する情報を含む『全国就業実態パネル調査』を用いて、非定型的・非対面型の職業労働者の方が定型的・対面型の職業労働者よりも遠隔勤務での就業機会に恵まれるとしている。彼らは更に、労務管理下で業務が定量化できる職業労働者の方が遠隔勤務に参加する傾向にあるとし、所得再分配や管理体制の議論の必要性を述べている。江夏他(2020a,2020b,2020c)は感染拡大下での就労者の生活・業務環境や心理行動に関する幅広い追跡調査結果をまとめた研究である。江夏他(2020a)は4月時点での4,363名に対する調査結果を記録しており、平均就労時間が1時間23分減少している他、*29) 一方で下級生の就職率、留保賃金の期待値は比較的高く、むしろGPAや学習時間等の学業面に懸念を持っていることが分かった。この時点で就労者の半数ほどが個人所得・世帯所得の減少を想定していたことが記録より判明したとしている。江夏他(2020c)では7・8月時点に実施された追跡調査(3,073名が回答)を対象とし、就労者の減少した就労時間が回復し、所得見通しが改善したことが分かったとしている。また、就労者は能動的な感染症対策を行っているが、自己のコントロールの範囲外にある行動については対策を行っていないこと、企業対応が感染症に包括的な対策をとっているケースから殆ど対策をとっていないケースまで二極化していることなど、感染拡大下での就労者と企業の行動が明らかとなったとしている。就労者間の格差については、4月時点のアンケートを分析した江夏他(2020b)によると、就労者は所属する企業規模が小さい程所得の落ち込みを予想し、その幅は営業職・生産職の就労者、非正規職員において大きくなっていたとしている。高所得者・中所得者は所得の減少を予想しない一方で、所得の低い就労者は所得の落ち込みを予想し、二極化の懸念があったこと、更に、企業単位での感染症対策にも差が見られ、遠隔勤務については情報通信業で積極的に導入されている一方、医療・福祉業では後退している可能性すらあると指摘している。本節で紹介した研究をまとめたものが表4である。これらの研究の指摘するように、新型コロナウイルスの感染拡大は所得階層間、男女間など様々な次元での経済格差を、通常の景気後退とは異なる経路で押し広表4 経済情勢と格差の関係についての諸研究感染拡大前の研究研究名対象国主要結果Genda et al.(2010)日本・米国労働参入時の景気は労働者に持続的影響を及ぼすOreopoulos et al.(2012)カナダ大学卒業時の失業率が賃金を持続的に減少させるPfeer et al.(2013)米国景気後退は特に低階層家計の所得を減少させる感染拡大後の研究研究名対象国主要結果Kikuchi et al.(2020)日本低所得・若年層、非正規雇用者、女性の厚生に影響Alon et al.(2020)米国景気後退期、景気回復期に男女格差が拡大Chetty et al.(2020)米国消費の下落による零細企業の倒産、所得格差の拡大Palomino et al.(2020)欧州諸国感染拡大による都市閉鎖により貧困・格差が拡大Aucejo et al.(2020)米国学生の収入下落と格差拡大、就職見通し悪化Fukui et al.(2020)日本求人件数の下落に地域的・産業的格差が存在Kawaguchi and Motegi(2020)日本遠隔勤務での就業は職業や労務管理の可能性に依存江夏他(2020a)日本4月時点で就労時間が減少、家計は所得減少を予想江夏他(2020b)日本所得の下落は企業規模と産業、雇用形態に依存江夏他(2020c)日本8月時点で就労時間は回復、所得見通しはやや改善(出所)各種先行研究より筆者作成。 ファイナンス 2021 Jan.76シリーズ 日本経済を考える 108連載日本経済を 考える

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