ファイナンス 2021年1月号 No.662
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悪化が挙げられるが、こうしたショックが家計に与える影響について検証した研究は多々存在し、総じて賃金や雇用に負の影響を及ぼす一方、その程度は家計や個人の属性によって異なり、家計間の経済格差を拡大させ得ることが示唆されている。例えば、Genda et al.(2010)は、日米を事例として取り上げ、リーマンショック時に労働市場に参入した労働者が被る影響を検証しており、労働参入時の景気悪化は、学歴の低い労働者に持続的に負の影響を及ぼすことを示している。具体的には、高校卒業後に労働市場に参入する男性労働者の場合、市場参入時の失業率が1%上昇すると、その後12年で雇用される確率が3~4%程度低下し、所得も5~7%程度減少することが示されている。この要因としてGenda et al(2010)は、採用後は労働者を解雇するコストが高いことにより景気悪化時には採用が絞られ、かつ新卒時に就業を逃すと、翌年以降の就業の際に新卒者が優先されるため正規雇用されにくくなることなどを挙げている。同様にカナダにおける男性大卒者を対象として労働市場参入時の経済情勢が格差に与える影響を分析しているOreopoulos et al.(2012)でも、大学卒業時の失業率がその労働者の賃金を持続的に減少させること、失業の賃金への負のショックは労働者の属性によって程度が異なり、労働者の年齢が低いほど、能力が低いほど、その影響は大きくかつ持続的になることが示されている。さらに、リーマンショック前後における家計の所得・資産額の変化を分析したPfeffer et al.(2013)においても、リーマンショックは労働・住宅・株式市場の下落を通じて社会階層の全階層で所得減少をもたらしたが、変化率ベースでみると低階層家計の所得減少が特に大きく、その被害が大きいことが示唆されている。また、感染拡大による男女間の不平等の拡大もしばしば指摘されている。Alon et al.(2020)は、感染拡大期間の景気後退期とその後の景気回復期の両方において男女間格差が拡大すると予測した。その根拠として、景気後退の影響が深刻であった飲食業・サービ*24) Chetty et al.(2020)は分析の結果、小売産業等の消費が回復した産業においても低賃金労働者を雇用しない生産形態への移行が見られることを指摘しており、低賃金労働者の雇用回復が遅れる要因としている。*25) 2020年4月中旬における低所得者向け景気刺激策は耐久消費財の消費を増加させたが、対人事業の消費は伸び悩み、乗数効果は小さくなっている。零細事業者に対する貸付(給与保護プログラム:PPP)の雇用回復効果もあまり観測されなかった。*26) 感染拡大以前より就業していた67%の学生の内29%が職を失い、13%の学生がインターンシップ契約や内定の取り消しを経験している。*27) 感染拡大の前後で週労働時間は平均11.5時間減少している他、週当たりの収入も52%減少している一方、サンプル全体の52%は収入の変化を経験しておらず、学生の格差が広がっていることが分かる。*28) 卒業時に就職出来る見通しは13%、留保賃金は2%、35歳時点での期待収入は2.3%低下している。ス業での女性就労者割合は高く、比較的影響の軽微な医療・教育部門では割合は低かったこと、感染拡大防止のための休校措置や育児施設の閉鎖により子供の在宅時間が増加し、女性の負担の増大が見込まれたことなどにより、女性の就業機会に対する負の影響がより強くなることを指摘している。感染拡大と景気後退・格差上記の各研究が描写する格差の拡大が新型コロナウイルスの感染拡大の下で実際に観測されている。Chetty et al.(2020)は米国における、地域、産業、所得階層、業種別の消費支出、事業所得、雇用率に関する日次データを用いて感染拡大の経済や経済格差への影響を時系列的に描写している。結果、消費の下落は主に高所得家計の消費の下落により発生したこと、高所得地域で対人事業を実施する零細企業収入の下落によって高所得地域の零細企業の倒産が多発したこと、下位四分位所得労働者の雇用率下落幅が上位四分位労働者の下落幅より大きく回復も遅かったこと*24など様々なことが明らかになった。また、彼らは米国において行われた各種景気刺激策*25の効果をも分析しており、健康面での不安が存在する限り需要と雇用の完全な回復は難しいと指摘している。一方、Palomino et al.(2020)は欧州における感染拡大の経済格差への影響を指摘している。ここでは、欧州29か国における緊要産業・閉鎖対象の割合や遠隔勤務の可能性から感染拡大下での労働能力が導出され、閉鎖期間に応じた賃金・失業率を算出、格差指標たるジニ係数が求められている。結果、感染拡大による賃金の喪失率は10%から16.2%までに上り、閉鎖期間中に貧困率は4.9%から9.4%に、ジニ係数は最大で7.3%上昇すると予測されている。前述のアリゾナ州立大のアンケートを扱ったAucejo et al.(2020)も、就職面での新型コロナウイルス感染拡大の影響を指摘している*26。また、勤労学生間の格差も広がっており*27、就職の見通しも悪影響*28を受75 ファイナンス 2021 Jan.連載日本経済を 考える

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