ファイナンス 2021年1月号 No.662
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国等の先進国では子供の健康状態と学力は景気悪化時に改善する一方で、アフリカやアジアの低所得国では逆に悪化することを指摘している。そして、こうした違いは、景気後退が子供の教育にもたらす効果の方向が、それが「子供の学校教育の機会費用(=子供の労働賃金)」を低下させる代替効果(=教育を促す効果)と、「子供が働くことで得られる家計の限界効用」を増加させる所得効果(=教育を阻害する効果)の大小関係に依存すると指摘している。先進国では、金融市場が発達し多くの家計がアクセスすることが可能であることを背景に、景気後退による教育への所得効果が小さくなり、代替効果が優勢となるため、効果全体としては学校教育が促されることになると指摘している。また、景気変動と子供の進学の関係について検証した研究もあるが、その結論は必ずしも一致していない*21。Duryea et al.(2007)は、ブラジルにおける世帯主の短期的な失業によって、子供が労働市場に参入する確率、学校を退学する確率、学校でのパフォーマンスが低下する確率を有意に引き上げ、そうした効果は女子学生に特に顕著に見られることを示している。他方で、同じく景気変動と子供の進学の関係性を米国のデータを用いて検証したJohnson(2013)では、失業率の上昇は女性の大学進学率を引き上げる一方で、フルタイム・パートタイムの違いに着目すると、景気悪化はフルタイムへの進学率を低下させることを実証している*22。ここでは、景気の悪化は子供の進学に関する意思決定に影響を及ぼし得るが、その程度は主体の属性によって異なり得ることが示唆されている。感染拡大下の経済情勢の学力への影響新型コロナウイルスの感染拡大下における経済状況と子供のパフォーマンスの関係について分析を行っているのが、前節でも触れたAucejo et al.(2020)である。この研究では、いくつかの社会経済的特性を持つ学生の学業成績や就職見通しへの休校の影響が通常より大きくなったことが述べられているが、その要因として、新型コロナウイルスの感染拡大の経済面での影響と健康面での影響が各社会集団で異なっていたこと*21) 所得と学力の関係と同様に、景気後退は(1)進学の機会費用(進学せずに働いた場合の賃金)を引き下げる効果と、(2)所得減により進学に伴う支出を阻害する効果の2つが考えられる(Johnson (2013))。*22) 米国では1学期に12単位以上を取得する学生をFull-time、12単位未満を取得する学生をPart-timeと分類している。*23) 指標化は経済的影響、健康への影響を示す各変数に関して主成分分析(Principal Component Analysis)を適用することで行われる。が挙げられている。例えば、感染拡大により所得の低い学生の家族の構成員が職を失った割合は所得の高い学生における割合よりも16%も高くなっているし、学生の主観的健康や新型コロナウイルス感染症の罹患率、病院収容率も所得の低い学生において高くなっている。また、学業成績と就業見通しを経済的影響と健康への影響に関する指標*23に回帰した場合、これら学生のパフォーマンスへの負の影響のかなりの部分が各影響指標によって説明できることも分かった。特に債務不履行や新型コロナウイルス感染症による入院は学生の卒業延期や専攻変更に、家族の失業は学生自身の就職見通しにも強い影響を与えているとしている。Aucejo et al.(2020)の研究対象は高等教育であるが、ここで扱われている事態はどの段階の教育でも想定されうるものである。これに関連して、先述のKuhfeld et al.(2020)は夏季休暇と感染拡大による休校の違いとして、後者における経済的不確実性、失業、致死性ウイルスへの恐怖や社会的孤立等の心理的影響の存在を挙げており、これらの要素により感染拡大による休校の影響はより深刻になるとしている。中でも、両親の経済状況の悪化は仕事や教育の価値に対する子供の姿勢に悪影響を及ぼす他、住民移動の停滞は子供のストレス要因となり、子供の教育や交友関係に悪影響を与えることが指摘されている。オンライン教材を用いた遠隔教育の実施も家計の経済状況の影響を受ける可能性がある。Bacher-Hicks et al.(2020)やChetty et al.(2020)などの研究では、米国において地域所得とインターネット普及率には明確な相関関係があると指摘されている。同様の関係は欧州諸国を対象としたDi Pietro et al.(2020)においても観測され、国別の事情により異なるものの、初等教育における仮想学習環境導入の遅れや、両親による情操的援助、インターネット環境、PC保有率や学習場所等、遠隔教育に必要な要素が両親の学歴に大きく依存することなど、遠隔教育に影響を与える家計の様々な性質が議論されている。また、静謐な学習部屋、居住に耐える住居が確保されているかどうか、学校給食の他に十分な食事を得られるかどうかも所得に依存する73 ファイナンス 2021 Jan.連載日本経済を 考える

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