ファイナンス 2021年1月号 No.662
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力の低い子供がオンライン授業を受けた割合は学力の高い子供に比して13%低く、教師と週1回以上やり取りをした割合も10%低かったと報告している。同様の傾向は米国や日本でも観測されている。Bacher-Hicks et al.(2020)はGoogle検索に関する高頻度データと地区別の社会経済的特性を用いて、米国で感染拡大時に生徒と両親がオンライン教材にどの程度アクセスを行ったのかを検証している。ここでのオンライン教材は学校教育を補助する“学校教材”と家庭学習用の教材である“家庭教材”に大別されており、これらオンライン教材の検索件数は、これまで年度開始時に急増したのち、夏までに急減するのが通例であった。一方で休校措置が取られた2020年の検索件数は2種類の教材で例年に比してほぼ倍増しており、遠隔教育への移行と同時に家庭内でも学習機会の補填が行われたことが分かったとしている。また、世帯収入が10,000ドル低下するごとに5%の割合で世帯のPC保有率が下降すること、平均以上の社会経済的特性を持つ世帯の検索件数は平均以下の世帯の件数のおよそ2倍となっていることも明らかになったとしており、格差がここでも観察されている。また、Chetty et al.(2020)は短期的な経済の後退が教育を通じて長期的な格差をもたらす可能性があると述べているが、その根拠として米国の100万の初等教育機関で導入されているオンライン算数教材の達成率の時系列データを挙げ、達成率は急落の後、高所得地域の世帯においては平年並みに回復したのに対し、低所得地域の世帯では平年の50%以下にとどまっていたとしている。日本では、Ikeda and Yamaguchi(2020)がオンライン教育サービス*16の時系列データを利用した研究を扱っている。分析の結果、全教育機関の休校が決定した3月、サービス上での生徒の学習時間が平年に比べ有意に増加していたほか、教員から送信されたメッセージ数も3月から4月にかけて増加しており、また、前年にサービスを利用したことのある生徒、利用したことのない生徒との間で教育サービス利用率は*16) このサービスの提供機関は教員と生徒の教育サービス上での活動を記録しており、両者の動向の追跡が可能となっている。*17) 前年にオンライン教育サービスを利用した世帯の利用率は休校後に増加しているものの、利用しなかった世帯の利用率は休校の直後にはむしろ低下している。*18) 包括的なサーベイとして、Kalil(2013)を参照。*19) Milligan and Stabile(2011)が対象とする児童手当制度には、(1)Canada Child Tax Benet(CCTB)、(2)National Child Benet、(3)州単位の児童手当制度の3制度があり、家族構造や居住地より支給額が計算されている。*20) Milligan and Stabile(2011)では児童給付が子供のアウトプットに与える影響は一様ではなく、多様かつ性差が存在する可能性を指摘している。有意に異なっていた一方*17、学校の質や性別の違いによる差は有意には観測されなかった、としている。4. 家計が直面する経済状況と子供のパフォーマンスの関係図2において確認したとおり足元の非正規雇用者数が減少するなど、日本の雇用環境は悪化しているが、もし働きたいのに職を確保できず、また、経済情勢によって所得が大きく減少するという状況に親が陥った場合、その子供の学力や健康の面でどのような影響を及ぼし得るだろうか。経済情勢・所得の学力への影響子供の学校でのパフォーマンスは、休校のような教育機関側の要因だけではなく、家計が直面する経済情勢にも影響されうることが、先行研究では指摘されている*18。Dahl and Lochner(2012)は、米国の所得税額控除制度(EITC:Earned Income Tax Credit)の変更による家計所得の非線形増加が子供の学力に与える影響を検証している。この研究は、家計所得の増加は数学と読解のスコアを有意に引き上げるほか、こうした学力引上げ効果は、より貧しい家庭環境の子供であるほど、幼い子供であるほど、女児よりも男児の方に、より顕著に働くことを指摘している。同様に所得増加の効果を検証したMilligan and Stabile(2011)では、カナダにおける児童手当*19給付額の変化が子供に与える影響に焦点を当てている。これによると手当の増加は子供の学力だけではなく、子供の健康状態を改善させる効果があり、効果の程度は性別によって異なることも示されている。具体的には、児童手当の学力向上効果と身体的な健康状態の改善効果は男児の方が強く、精神的な健康状態の改善効果は女児の方が強く働くとの結果を示している*20。他方で、所得増加が子供の学力を改善させるかどうかは、必ずしも一概には決まらないとする研究も存在する。例えば、Ferreira and Schady(2009)は、米 ファイナンス 2021 Jan.72シリーズ 日本経済を考える 108連載日本経済を 考える

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