ファイナンス 2021年1月号 No.662
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関する各種論文はこれらと同様の結果を示している。特に早い段階に公刊されたのは、先行研究における知見と新型コロナウイルス感染拡大の影響分析を組み合わせて効果を予測した論文であり、主な研究としてAzevedo et al.(2020)やDi Pietro et al.(2020)などが挙げられる。Azevedo et al.(2020)は、追加的な休校期間(3か月、5か月、7か月)に応じた休校による学習の喪失、教育システムからの隔絶による既習内容の喪失、所得ショックによる学業脱落等の各種影響についての157か国の教育・休校措置に関するデータに基づいて予測した、世界銀行による研究である。ここでは、オンライン講義等の代替的手段を考慮した上でも全世界平均で0.3年分から0.9年分の初中等教育*6が失われることになるという予測が得られた。一方、Di Pietro et al.(2020)は欧州委員会による予測である欧州25か国の統計及び学習評価指標(PISA,ICILS,PIRLS,TALIS)を活用して学力格差の解析を行っている。この論文には、補足としてフランス・ドイツ・イタリア*7の3か国の子供の学習時間の喪失分、フランス経済に対する長期的影響の試算があるが、最も詳しく分析されているフランスを取り上げると、感染拡大により平均で16.8学業日分の教育が失われ、彼らの将来における平均的な労働所得は0.49%低下するとみられている。Grewenig et al.(2020)はドイツについて研究しており、1,099世帯を対象とした休校期間前・期間中*8の子供の活動時間に関するアンケート調査結果を利用して、学力の低い子供が感染拡大による休校により特に強い影響を受けたことを論じている。ここでの子供の活動時間は学習時間、生産的活動時間(スポーツ・音楽活動等)、非生産的活動時間(ゲーム・SNS)に分類される。調査結果を用いた分析の結果、休校前の学習時間が生徒の成績とは無関係に平均週7.4時間となっていたのに対し、休校後の学習時間は週3.6時*6) ここでいう教育年数は世界銀行人的資本インデックスの一種であるLAYS(Learning Adjusted Years of Schooling)であり、特定の教育システムや特定国の教育の到達度を示す指標である。*7) これらの国では、新型コロナウイルスの感染拡大後に教育関連の詳細なサーベイが行われた。*8) ドイツでは感染者が急増した地域で2月28日に最初の休校が実施され、3月13日に全州で全教育機関を対象に休校が行われた。なお、アンケート調査は6月に実施されている。*9) 研究サンプル数は350,000であり信頼性は高い。*10) オランダでは3月16日から5月11日までのおよそ8週間、全国的に休校が実施されている。*11) Engezell et al.(2020)において、成績は100分位点(percentile points)にて定義されている。*12) Engezell et al.(2020)は、教育に対する影響を早期に予測したAzevedo et al.(2020)やDi Pietro et al.(2020)の結果との比較を議論し、これらの予測の見積もりより実際の損失が大きかったのではないかと予測している。間に減少していたことが分かった。また、休校期間中の学力の低い子供の学習時間は、学力の高い子供の学習時間に比して週当たり0.5時間短くなっていた。一方で、非生産的活動時間は増加しており、その増加幅は学力の高い子供の週1時間に対し、学力の低い子供では週1.7時間となった。また、両親が子供の教育活動に費やす時間の増加幅は、学力の低い子供に対して0.1時間少なくなる他、男子生徒の週当たり学習時間は女子生徒に比して0.5時間短くなっていた。Engezell et al.(2020)はオランダのデジタル・プラットフォームによる教育評価試験が休校期間を挟んで実施されたことを活用し、7-11歳の生徒の過去2017年-2019年の3年間の評価実績(計6回)と2020年の実績*9を比較する差の差推定を用いて休校期間中*10の学力格差を分析している。分析の結果、平常時に比して休校期間後の後期試験結果は全体で3点*11ほど低くなっており、両親の教育水準の低い世帯における成績は全体の平均に比してさらに1点ほど低くなっていた*12。この効果は生徒の特性(性別・成績・専攻等)には依存せず、学校と世帯の特性によるものであることが示されている。また、Engezellらは知識を要さない設問(情報処理・課題解決問題)の結果も導出しており、これら設問での成績悪化が約1点に抑えられていることから、習得知識の差が成績低下の大半を占めると結論している。Aucejo et al.(2020)は、春学期にオンライン授業を実施したアリゾナ州立大学にて学士課程の学生を対象に実施されたアンケート結果(回答:1,564名、有効回答:1,446名)を基に詳細な議論を行っている。彼らは実際の成績や就職状況に加え、感染拡大が無かった場合達成されたであろう成績や就職見通しを質問しており、新型コロナウイルス感染拡大の不確実性の下で休校に関する因果効果の厳密な導出を行っている。分析の結果、学業面では多くの指標が感染拡大の ファイナンス 2021 Jan.70シリーズ 日本経済を考える 108連載日本経済を 考える

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