ファイナンス 2021年1月号 No.662
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日本の産学官連携に対する取り組みと課題・こうした背景から、政府は「日本再興戦略2016」においてイノベーション創出を目的とした産学官連携を推進している。実際に、国立大学や公的研究機関と連携して研究開発を行った企業からは、研究開発者の能力向上や、新技術の獲得、新規性がある製品の開発への貢献といった、日本企業のイノベーション創出に欠如・不足していた部分に効果をもたらしていることがうかがえる(図表7)。・一方で、企業から大学・国立研究開発法人等への投資額は緩やかに増加しているものの、「日本再興戦略2016」で設定された2025年度までの目標値(OECD諸国平均の水準を超える、2014年度の3倍)達成にはほど遠い(図表8)。また、企業側から見た産学官連携における大学側の問題点として、「目指すところやスピードが合わない」、「費用分担や知財の取扱等の合意が困難」といった点が挙げられており(図表9)、産学官連携をより推進していくうえでは、企業と大学・国立研究開発法人等の双方にメリットのある関係を構築していくことが求められる。図表7 国立大学・公的研究機関との連携で効果があった点1.12.012.826.234.743.850.852.358.464.4未利用の特許活用技術のライセンシングによる利益自社の収益上昇への貢献自社の市場での評価向上新たな特許出願新規性がある製品の開発への貢献連携先の施設や設備の利用自社技術競争力向上新技術の獲得研究開発者の能力向上0.040.020.060.080.0(%)図表8 大学等の企業からの受入額25(目標値)1817161514(年)140,000120,000100,00080,00060,00040,00020,0000(百万円)図表9 企業側から見た産学連携の問題点19.124.247.139.535.064.3情報漏洩が心配相手が必要な技術やアイデア等を有していないビジネスの慣習、文化が違う費用分担や知財の取扱等の合意が困難適当な連携先が見つけられない目指すところやスピードが合わない0.050.0100.0(%)(出典)文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査報告」、文部科学省「平成30年度 大学等における産学連携等実施状況について」公益財団法人 未来工学研究所「平成27年度産業経済研究委託事業(企業の研究開発投資性向に関する調査)報告書」産学官連携を加速させるエコシステム・近年、複数の企業・起業家・大学・研究機関などが業種・業界を超えて共にイノベーションを起こし成長することで経済圏を創出するエコシステムが世界で形成されている。特に大学発ベンチャーを軸とするエコシステムは、企業にとって単独では困難な専門分野の研究への開拓に繋がり、大学にとってもベンチャーを通じて付加価値を生み出していなかった技術をその企業がもつプラットフォームを利用して市場に展開することができるなど、双方にメリットのある関係が構築され、スムーズな産学共創が生み出される。共創された付加価値は研究資金として再投資に繋がり、持続的にイノベーションが生み出される(図表10)。・近年、大学発ベンチャーの設立数は増加傾向にあるが、付加価値を共創するエコシステムを形成するには、製品・サービスが市場に普及する必要がある。しかし、ベンチャー企業は知名度・実績がないために、「新しさ」に価値観をもつ消費者で構成される初期市場から「安定・安心」に価値観をもつ消費者で構成されるメインストリーム市場の間に移行を阻害する深い溝(キャズム)があるとされている(図表11)。特に大学教授や学生を中心とし独自の技術・知識を強みとする大学発ベンチャーにおいては、マーケティング・販売の役割を持つ人材ニーズが高く(図表12)、販促力の強化は不可欠であり、人材供給や企業とともに政府・地方公共団体が積極的に採用し普及を促進するなど、産学官が連帯して質的変化を起こすことが肝要である。図表10 エコシステム概念図成長/Exit起業家教育/大学研究者による兼業ギャップファンド/エンダウメントの運用知的ライセンス対価としての株式等の取得投資を伴う事業提携 CVC  経営人材の供給Exitによるリターンリスクマネーの供給経営者候補・取引先の紹介ハンズオン支援事業化シーズの提供起業家教育などの支援/寄付による貢献Entrepreneur in ResidenceEixtによるリターン 事業化シーズの提供ライセンス技術の事業化可能性のフィードバック出向/クロスアポイントベンチャーキャピタル大学発ベンチャー大学大企業図表11 キャズム理論(ユーザー数)(時間)(2.5%)イノベーターアーリーアダプター(13.5%)アーリーマジョリティ(34.0%)レイトマジョリティ(34.0%)ラガード(16.0%)初期市場メインストリーム市場キャズム※商品購入態度により消費者は上記の5つに分類される。製品・サービスを市場に普及する際に、初期市場(16%)からメインストリーム市場(84%)への移行を阻害する深い溝を「キャズム」と呼ぶ。図表12 大学発ベンチャーが 現在強化したい人材(上位5位)20.923.126.627.538.4財務責任者(CFO)一般社員技術開発を担うマネージャー戦略・事業開発を担うマネージャーマーケティング・販売を担うマネージャー※「現在、どのような役割を遂行できる人材をさらに強化・ 補充すべきと認識しているか」を上位3つまで選択0.020.010.030.040.0(%)(出典)経済産業省「大学発ベンチャーのあり方研究会報告書」、「令和元年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実施等調査)報告書」、Georey A.Moore 「Crossing the chasm」 (注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。 ファイナンス 2021 Jan.60コラム 経済トレンド 79連載経済 トレンド

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