ファイナンス 2021年1月号 No.662
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ジャージー島発のスタートアップ企業が作ったアプリをダウンロードしたiPadを郵便局員に持って回ってもらう試行を政府は協働で始めました。そのアプリはとても簡単。毎日、島民にYes/Noのクローズドな5質問をして入力(昨日は眠れましたか、3食ごはんたべましたか、痛いところはないか、他の人と会話をしましたか、など)。郵便局員の手間はそれを聞く30秒のみ。もし回答でNoが続く場合は、島の総合病院にアラートが届き、優先順位を決めた上で、あらためてケアワーカーさんがやってくるという構図です。これを政府の補助金でやっているわけではありません。スタートアップ企業が元々想定していた毎月7ポンド(約1000円)の費用を利用者が払い、病院にある医療データとの接続・二次利用に承諾した島民だけの民間サービスを用いた試行です。ここで政府の重要な役割はスタートアップ企業の信用補完(いわゆるお墨付き)および、病院・郵便局などパブリックセクターとの調整、速やかな試行スタートを後押しすることにあると私は考えています。結果として、郵便局員との会話機会がふえることで、孤独で鬱病に陥る高齢者の数は減り、重症で運ばれる高齢者の数も減ったのだそうです。かつてタックスヘイブンと揶揄されながらも金融・資産運用業を誘致して、高いGDP成長を誇ってきた政府が、いま、(歳出の抑制も兼ねつつ)島民のWell-Being(ウェルビーイング)に舵を切ってきて成功し始めている点、非常に興味深いです。彼らは今後、英国本土の他地域への輸出も考えているとのこと。写真2-2 郵便局員が島内の高齢者を戸別訪問する様子。*4) https://www.digital.je/techweek/ https://www.forbes.com/sites/lawrencewintermeyer/2019/03/22/he-founded-a-fintech-worth-43-billion-worldpay-entrepreneur-nick-ogden/?sh=49706e437677*5) https://jerseypost.com/about-us/jersey-post/*6) https://www.gov.uk/government/news/40m-boost-for-cutting-edge-start-ups税率が低いからフェアではないという声もありそうですが、彼らはタックスヘイブンと呼ばれることを嫌がります、世界に売って出られる強い自国産業を持っているのだと。このほかにも決済関連では、世界中(146カ国・126通貨)で広く普及している小売店のクレジットカード読み取り端末WorldPay、(今は買収されて米系企業ですが)これもジャージー出身起業家による企業(1997年創業Nick Ogden氏)で、地元の誇りとなっているほか*4。輸出関連では、郵便事業を元に国際物流及び物流のデジタル化支援と多角展開するJersey Post*5という企業も世界的な規模になっていて大変大きい存在感です。(2) 英国政府の例:新型コロナ下で、800件の地方発ビジネスの後押しコンペ新型コロナウイルスが猛威をふるった第一波とその辛いロックダウン(3/23―7/4)の中、一時帰休など大型の経済対策の合間に、4月3日及び5月20日に、小さくとも民間スタートアップ企業の力を借りて政府が後押しする動きもありました。それが、英政府とInnovateUK(革新的技術を持つ企業の英業界団体)が協働して投資する「Fast Start Competition」(4000万ポンド、約56億円)*6です。これは自力でVC(ベンチャーキャピタル)から調達できるようなピカピカな最先端技術というよりは、データを活用して低廉・遠隔で、中小の事業性融資検討、低廉な映画館宣伝支援、医学部生の実技練習支援、牧場の肉類直販支援など、このコロナ下でも地域経済や中小企業を支えられる筋の良いビジネスアイデアへ1件700万円前後の初期投資という側面が強い印象のもの。・GFA Exchange–英バーミンガム発フィンテック企業の同社は、銀行/消費者金融が自前で融資判断を行うのが難しい、コロナの影響下の中堅中小企業を、機械学習技術を駆使して分析。「どこを見て、どこまで貸せるのか」資金供給の課 ファイナンス 2021 Jan.44海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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