ファイナンス 2021年1月号 No.662
45/100

評者渡部 晶河村 小百合 著中央銀行の危険な賭け―異次元緩和と日本の行方―朝陽会 2020年10月 定価 本体1,000円+税本誌2020年12月号のライブラリーで紹介した「日本国憲法論(第2版)」(佐藤幸治著)は、初版以来「財政」の章で「中央銀行」を取りあげている。その末尾には、「中央銀行は、バブルになれば後に責任を問われ、経済がよくないと思われる状態になればまた責任を問われるという難しい立場にある。にもかかわらず(否、それだからこそ)、『現場』に通じたプロフェッショナル性を強く求められるようになったものと思われる。わが国自身の歴史的経験にも照らしてのそうした認識の下で、前世紀末に日本銀行の独立強化が図られた。しかし、法制度的手当てだけでは十分ではなく、憲政の運営者と国民の深い理解を必要としていることは、これまでの人類の様々な経験が教えるところである」との示唆深い指摘がある(同書592頁)。本書は、1988年に京都大学法学部を卒業後、日本銀行を経て、株式会社日本総合研究所調査部主席研究員である河村小百合氏が、「時の法令」の編集者から、「そもそも中央銀行の役割とは何か、それは歴史的に変遷しているのか、といったあたりをわかりやすく解説してもらえないか、それらを踏まえてこそ、我々市民もきちんと今行われている政策の評価をできるのではないか」との依頼をうけて、「時の法令」の2018年5月30日号から2020年3月まで約二年間連載した「いちからわかる中央銀行と金融政策」から生まれた。株式会社朝陽会「Gleam Books」(著者から受け取った機知や希望の“gleam”(ひらめき)を、読者が深い思考につなげ“gleam”(かがやき)を発見するという含意)シリーズとしての単行本化に際して、各中央銀行の金融政策運営関係の部分を中心としたものとされた。著者の一貫する問題意識は、「この国の政策運営がこのまま突き進んでいったらどうなるのか、私たちはどうすべきなのか、という点にある」という。本書の構成は、第1章はじめに~金融危機で変貌を余儀なくされた金融政策、第2章米国の中央銀行(Fed)の金融政策、第3章イングランド銀行(BOE)の金融政策、第4章欧州中央銀行(ECB)の金融政策、第5章日本の経済と財政の行方、第6章おわりに~コロナ危機後の財政・金融政策運営、となっている。第1章では、ゼロ金利制約下での量的緩和政策に関連して、「その後の専門的な実証分析などを通じ、2001~06年の日銀の量的緩和には、流動性の供給を通じて金融危機を収束させるうえでは効果があったものの、実体経済や物価の押し上げにはほとんど効果がなかった、という理解が一般的になっていた」と指摘する。そして、2013年4月からの金融政策についても、「国全体を巻き込むこれだけ大がかりな金融政策の実験を行っても、効果の面では、2000年代の量的緩和時とあまり大きくは変わらない結果を確認できるにとどまっているのである」とする。第2章で強い感慨を持ったのは、2013年に公表されたリーマンショック時の詳細な議事録で、世評とは違う、Fedの首脳陣(バーナンキ、コーン、イエレン)が日銀の量的緩和に対するシビアな見方を紹介した部分だ。また、第2章~第4章を通じて、中央銀行が表向きの言葉はともあれ実際にはきわめて慎重な政策運営をしていることが様々なエピソードも含めて紹介される。そして、「出口」や「コスト」を公けにしながら対応していることを理解することができる。ここに欧米の法制度の運営についての「賢慮」をみるべきであろう。第5章で、著者は、「通貨価値の安定があってこその信認」との見解を強調する。「一向に進まない財政再建」についての厳しい評価が下される。そして、「この先、万が一の事態を決して招来することのないようにするためには、日銀にかかる負担を軽減すべく、金融政策運営の正常化を段階的に図るとともに、私たち自身が負担増も含めた実効的な財政再建に取り組んでいくよりほかに道はない」とする。第6章では、直近のコロナ感染拡大下での問題の深刻度の増大を指摘する。「一国の中央銀行が、国際的に資本移動が自由な市場経済のもとで、一定の節度を超えて国債などを買い入れてバランス・シートを大きく膨張させてしまうと、金融情勢次第では“銀行”としての信用力が毀損され、現実問題としての機動的な金融政策運営の遂行能力が損なわれてしまう」との指摘は重い。財務省関係者としては、これらの耳が痛い指摘を居住まいを正して受け止めざるを得ない。ぜひ、新年にあたって一読をお勧めしたい1冊である。 ファイナンス 2021 Jan.40ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#45

このブックを見る