ファイナンス 2021年1月号 No.662
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明らかです。お金を血液に例えれば、日銀は心臓から大量の資金供給を行っていまして、血管すなわち金融仲介機能を担う金融機関が、血管の先にある中小企業に届ける必要があります。しかし、残念ながら地域金融機関が金融仲介機能を十分に果たすことができず、「地域経済エコシステム」の好循環がうまく回っていないのが現状です。民間金融機関が金融仲介機能を十分に果たさない原因の一つに、金融検査マニュアルの存在がありました。金融検査マニュアルは巨額の不良債権を処理する局面では意義がありましたが、不良債権処理局面が終わった後においては、検査官や借り手側による杓子定規な対応の遠因となる等の副作用が目立つようになり、昨年廃止となりました。マニュアルの廃止だけではなく、講習等を通じた検査官の意識改革が必要ですが、これについては私は金融機関のトップや中小企業経営者を招いた実践的な講習を四半期ごとに開催しており、検査官の意識も少しずつ変わってきていると実感しています。「地域経済エコシステム」の好循環をうまく回すためには、金融機関だけではなく、金融機関と向き合っている中小企業側のリテラシーを上げ、金融機関を選択することができるようになることが重要です。一般に、借り手は立場が弱いので、貸し手との関係においても、ビジネスやキャッシュフローを可視化する必要があります。従来から、企業の健康診断として経営の現状を把握する「ローカルベンチマーク」の活用を推進してきました。今はさらに進んで、経営者が自らの経営理念・存在価値から未来の価値創造のメカニズムをまずデザインし、現状をバックキャストすることでギャップが明らかになり、そのギャップを克服するための移行戦略を具体的に構想する「経営デザインシート」の普及にも注力しています。―地銀再編の地域金融に与える影響について、お考えをお聞かせください。森 日本銀行勤務時に、日銀考査の上席考査役として、メガバンク・グループ3つのほか、北海道から鹿児島までの地域金融機関の経営トップとも意見を交わしてきました。各金融機関の中身を見てきた経験からの率直な意見としては、合併については、人間の心の部分が最も大きな障害となります。合併後の組織文化の調整、合理化等に多大なエネルギーが割かれ、残念ながら本来向き合うべきお客様に意識が中々向きません。ポストコロナに向けては、なおさらこの観点が重要です。財務体力が非常に悪化した金融機関を別の金融機関が救済する場合には、合併に伴う衝突は生じにくいのですが、いわゆる対等合併の場合には合併後の融和に並々ならぬ神経を要します。体力のあるうちに合併をという議論もありますが、その場合、再編の前にすべきことはまだいくらでもあります。例えば業務提携です。機能をいかに顧客のために効率化かつ充実させるか、という視点が重要です。―政府系金融機関によるコロナ対応や、政府系金融機関と民間金融機関との役割分担についてのご意見をお聞かせください。コロナ対応におけるいわゆるゼロゼロ融資等が地域金融に与える影響をどのように評価されますか。また、政府系金融機関による資本性劣後ローンの提供についてはどう考えられますか。森 政府系と民間の役割分担ですが、金融経済危機の強いストレス時には、政府系の危機対応融資だけでは膨大な数の事業者に対応することができませんので、民間金融機関も今回のように登場するのは必然的です。ただ、いわゆるゼロゼロ融資については、民間金融機関にとっては、国の財政資金でリスクなく利鞘が確定できる商品です。未曾有の危機下における対応として必要であったことは事実ですが、結果としては、かなりのモラルハザードを生んだ可能性があります。一部では、売り上げが伸びている顧客などにもゼロゼロ融資をしているという話も聞きます。強度のストレスで生じた歪んだ状況を解消するには、企業のバランスシートの右側にできた多額の負債の塊を、業績連動型資本性劣後ローンなどを活用しながら財務の再構築をすると同時に、バランスシートの左側の稼ぐ力の回復を支えるために金融機関は伴走支援することが不可欠です。劣後ローンは紙切れになるリスクが高いので、「ローカルベンチマーク」や「経営デザインシート」なども活用し、事業者が、「誠実か」、「やる気が27 ファイナンス 2021 Jan.SPOT

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