ファイナンス 2020年12月号 No.661
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(4)職場風土と危機管理原則リーダーは、マニュアルとかルールではなく、職場風土と危機管理原則を作ることが求められます。ア. 「凶報優先の法則」悪い情報は夜中でもトップを叩き起こしてでも知らせよ。いい情報は明日の朝でもいい。イ.「情報共有の原則」一人だけが情報を独占しない。ウ.「呑舟之魚の原則」枝葉末節にとらわれず、基本原則に照らす。エ.「現物活用の原則」電気だめ、水道だめ、道路だめ。だめなものを数えず先に使えるものを数える。こういう考え方を職場に風土としてつくるということは、非常に大事です。(5)近くで助ける阪神・淡路大震災のとき、兵庫県の監察医の集計では、亡くなった人の92%が地震発生後14分以内に亡くなっていたそうです。助けることができるのは近くにいる人だけです。これからの高齢化社会は見守りも、そしていざというときの助け合いも、向こう三軒両隣の「近助」で行うのです。そして、防災隣組で声を掛け合って助け合うことが大事なのではないかと、私は思っています。組織でもそうです。例えば、東京駅周辺の企業では防災隣組を結成しています。いろいろな企業が、国と都と区と地域と連携しているのです。今までの防災というのは、自分たちの組織だけで事業継続を考えてきました。でも、これから大事なのは、地域と連携することです。私はBCP(Business Continuity Plan)からCCP(Community Continuity Plan)へということを提唱しておりまして、今、日本の上場企業の約半数がBCPからCCPに切り替えています。官公庁も各地域、出先、地域といかに連携するかということがこれから重要なのではないかと思っています。阪神・淡路大震災の日、私は大阪にいて、2時間後に神戸に入りました。驚いたことに、コンビニが店を開けているのです。神戸市役所の職員が、発災直後あちこちに連絡して「安全が確認できたら店を開けてくれませんか」と依頼したのです。それに応えて、ダイエー、イトーヨーカドー、イオン、コンビニ、みんなが必死で店を開けました。もし、すべての店が閉め切ってしまい、不埒な人がガラスを割って水や食料を持ちだしたら、普通の人まで「こういう時は持ち出していいのか」とつられてやってしまいます。皆が必死で店を開けたから、略奪も暴動もなかったと言われています。組織の事業継続責任、これが災害時に問われていると思います。8.災害現場のちょっといい話最後にちょっとだけいい話をして終わりたいと思います。東日本大震災の後、イギリスの新聞に日本の写真が掲載されました。警察に届けられたたくさんの金庫の写真です。イギリスの新聞のタイトルには「届けられた金庫5,700個、23億円が持ち主に返された」と書いてありました。イギリスが略奪に頭を抱えている最中、日本人の誠実さが証明されたのです。岩手県大槌町にある高等学校の避難所では、私が行ったとき、夜の気温が零下2度でした。これほど寒いのに、毛布を譲り合う人がたくさんいました。また、5人家族なのに「分け合って食べますから」と3つしかおにぎりをもらわない人も見ました。わずかな物資でも、きちんと並んで丁寧に礼を述べてから受け取る姿に、日本人の誇りを感じました。日本人でも平時はいろいろな人がいます。変な人も、悪い人も。でも「いざというときは助け合う」ということができるのが日本人ではないでしょうか。これからも近くで近くの人同士が助け合う、「近助」という概念が浸透していけば、日本はこれからもずっと住み続けたい国になるだろうと思っています。講師略歴山村 武彦(やまむら たけひこ)防災システム研究所 所長1964年、新潟地震でのボランティア活動を契機に、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所」を設立。以来50年以上にわたり、世界中で発生する災害の現地調査を実施。報道番組での解説や日本各地での講演、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、多くの企業や自治体の防災アドバイザーを歴任し、BCP(事業継続計画)マニュアルや防災マニュアルの策定など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わる。座右の銘は「真実と教訓は、現場にあり」。著書は「感染症×大規模災害 実践的 分散避難と避難所運営」(ぎょうせい)、「台風防災の新常識」(戎光祥出版)、「災害に強いまちづくりは互近助の力~隣人と仲良くする勇気~」(ぎょうせい)など多数。82 ファイナンス 2020 Dec.上級管理セミナー連載セミナー

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