ファイナンス 2020年12月号 No.661
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6.正常性バイアスと凍り付き症候群イギリスの心理学者のジョン・リーチ博士の研究によりますと、人間は突発災害発生直後、三つの行動パターンに分かれる、ということです。落ち着いて行動できる人は約10%、取り乱す人が約15%、ショック状態、茫然自失状態になる人が約75%。このショックからしばらくたって覚める人もいるのですが、覚めない人もいる、それが「凍りつき症候群」と呼ばれます。心と体が凍りついて、適切に行動判断ができなくなるのです。では「凍りつき症候群」になりやすい人はどんな人か、それは「正常性バイアス」に陥っている人です。「地震はいずれあると思うけれども、今夜はないと思います」という人が危ないのです。いつでも災害があると思っている人は、緊急スイッチが入りやすい、そうでない人は緊急スイッチが入りにくいのです。そういう「凍りつき症候群」にならないための訓練も必要だと思います。津波の場合には、私が提唱する津波防災3か条、「津波洪水逃げるが勝ち」「遠くの避難所より近くのビル4階」「警報解除まで戻らない」、こういうことを家族やあるいは職員にきちんと認識してもらうことが大事だと思います。7.大規模地震に備える(1)初動の重要性もし、南海トラフ巨大地震が発生すれば、23万1千人が死ぬだろうと言われています。東日本大震災と何が違うのか。一つ目は、震源域に陸が多く含まれているため直下地震と同じような激しい揺れになる可能性が高いこと、二つ目は、津波が短時間で押し寄せることです。首都直下地震では阪神・淡路大震災に似た揺れになるかもしれない。それはどんな揺れ方なのか。阪神・淡路大震災、今から25年前の神戸三宮の潰れたコンビニから掘り起こされた防犯カメラの映像を皆さんに見ていただきます。震度6強とはどんな揺れ方か、直下地震とはどんな揺れ方なのか。もしかしたら今夜あたり、この揺れが来るかもしれません。映像では、店員さんがお客さんにおつり渡そうとしています。お釣りを渡すときは、普通は渡す方も渡される方もお金を見るのですが、二人ともお金を見ないで入り口を見ている。ガラス戸がカタカタカタカタ、音を立てて揺れているからです。初期微動のP波が、カタカタとガラス戸を揺すっているのです。まだこの時点では動けるのです。ところが、二人ともこのままの状態でずっと固まっている。これが「凍りつき症候群」です。実践的な生き残り訓練をしていないと、いざというときに体が動かないのです。この数秒の行動が生死を分ける可能性もあります。(2)職場や家庭に「安全ゾーン」を一番大事なことは「安全ゾーン」を職場や家庭に作ることです。「安全ゾーン」というのは、ガラスや転倒・落下物の少ない、閉じ込められない場所のことです。小さな揺れや緊急地震速報のときに、直ちに「安全ゾーン」に移動する訓練をしておくのです。訓練しておかないと、いざというときに体が動きません。命さえ助かれば、後は何とかなります。今、あちこちで「安全ゾーン」を作っています。これをやっておかないと、組織の責任者は安全配慮義務違反に問われる可能性があります。閉じ込められた人を助ける訓練とともに、みんなが閉じ込められない訓練が大切です。古い木造家屋の1階にいたら脱出したほうがいいし、2階にいたら慌てて1階に下りないほうがいいのです。潰れても2階にいたほうが助かる率が高い、いる場所によって行動は違うのです。(3)キーパーソンとの迅速連絡いざというときに必要なのは、キーパーソンとの迅速連絡です。私がアドバイスしていた企業では、その訓練をしていました。発災直後、30分以内だったら携帯電話でもほぼ連絡がつくのです。ところが、30分過ぎると、メールでもパケット通信でもつながらなくなります。分厚いマニュアルより、いざというときにキーパーソンと迅速連絡が取れることの方が重要です。防災対策もそういう実践的なものに変えておく必要があるのです。 ファイナンス 2020 Dec.81上級管理セミナー連載セミナー

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