ファイナンス 2020年12月号 No.661
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5. 大規模災害はまだ先と思っていると、形式的対応しかできない(1)正常性バイアスに注意皆さんに一つ質問をしたいと思います。自分たちの地域でも近い将来大地震が起きるかもしれないと思っている人は手を挙げてください。全員が手を挙げていただきました。では、今手を挙げていただいた方にもう一つ質問します。その大地震は、もしかしたら今夜か明日起きるかもしれないと思う人は手を挙げてください。手を挙げた人が半分以下になりました。そういう人が多いのです。大地震は起きる、でも今夜は起きない。明日も起きない。ではいつ起きるのでしょうか。向こう30年以内に南海トラフ巨大地震は70%から80%の確率で発生する。首都直下地震は70%の確率で30年以内に発生する。この70%といっているのは、30年後ではないのです。今現在なのです。いつ起きても不思議ではありません。でも、何となくまだ先だろうと、都合の悪い情報を無視したり、自分に都合よく解釈したりする、それが人間なのです。だから生きていられるのです。ただ、それが行き過ぎるとリスクを無視したり、過小評価したり、正常な状態はずっと続くだろう、起きるとしてもずっと先だろうと、考え方にバイアスがかかる「正常性バイアス」となるのです。(2)形式的な対策ではダメ災害はまだ先だと思っている人や組織は、形式的な対策しかできません。例えば、ある企業はサーバーラックをコンクリートの床にボルトで留めていましたが、熊本地震のとき、全部ひっくり返ってしまいました。コンクリートの床にボルトで留めているから何となく安心するのだけれども、震度6強に耐えるようにするとしたら、床だけでは駄目です。少なくとも天井とか壁とか、複数箇所で固定しないと役に立ちません。こういったことも、もう一度見直す必要があると思います。(3)命を守る訓練を各地域や組織で実施している訓練も形式的です。どんな訓練をやっていますか、と聞くと「うちでは避難訓練をやっています」「消火訓練をやっています」「救助訓練をやっています」と大体同じパターンの答えが返ってきます。これらは大事な訓練だからやらなければいけないのですが、よくよく考えてみると、全て災害後の対処訓練であって、命を守る訓練ではないのです。日本の防災というのは一般的に消防署が主導してきました。防災訓練もそうです。その結果、消防署がやっていることの下請け的なことをするようになってしまった。これはこれで重要な訓練ですが、私が提唱するスマート防災は、逃げる訓練とともに、状況別に「命を守る訓練」をしましょう、というものです。火を消す訓練と共に、火を出さない準備と訓練をしましょう、閉じ込められた人を助ける訓練の共に、みんなが閉じ込められない訓練しましょう。つまり、災害予防訓練をしっかりやりましょう、ということです。これは防災・危機管理だけではなく、人生そのものでもあって、何か起きてからのことばかり考えるのではなくて、起きないように対応、行動することなのです。そういう考え方が定着していかないと、日本はいつまでもたっても、災害後に莫大なお金、災害復興資金がかかる事後対策型国家から脱却できません。予防にお金をかけたほうが10分の1のコストで済みます。こういうことをもっとやっていかなければいけないのではないかと私は思います。各組織でやってほしいのは、電気・ガス・水道・電話を止めてBCP訓練をすることです。従来の訓練を見ると、電気をつけっ放しで、電話も使えることになっています。本当の地震のときには、防火ドアがみんな閉まりますし、停電になります。真っ暗で、防火ドアが閉まった中で、どうやって逃げるのか、そういう訓練をしていません。実践的に訓練をしていただきたいと思います。そして家庭でも在宅避難生活訓練をしっかりやっていただきたい。電気・ガス・水道・電話を止めて二泊三日程度、暮らしてもらうのです。半日たつと冷蔵庫から水がだらだら出てきます。換気扇が止まると家中、汚物の臭いが充満しますので、消臭剤、凝固剤が必要になります。停電になると懐中電灯1本では暗くて暮らせないから、ランタンが必要になります。経験してはじめて、いろいろなことが分かってくるのです。80 ファイナンス 2020 Dec.連載セミナー

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