ファイナンス 2020年12月号 No.661
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住み続けたい街とは住み続けたい街No1の富山の街。まず言えるのは中心商店街の見た目の衰退が街そのものの衰退とは関係ないことだ。地方都市の郊外化の程度は乗用車の普及率に連動する。富山県は1.7台と福井県に次ぐ2位で、5世帯で3世帯は一家に2台ある計算になる。見方を変えればそれだけ経済力があるということだ。平成29年度の1人当たり県民所得は332万円と全国6位。平成30年住宅・土地統計調査によれば持ち家率は76.8%で秋田県に次ぐ2位だった。住みよい街ランキングでよく取り上げられる指標だ。車社会も豊かさのひとつに違いない。他方、高齢化が進む中で車社会一辺倒にはリスクが伴う。また、これまで整備した上下水道をはじめ公共インフラの使用効率が低下し行政コストがかさむ。この点、かつての商業中心地を再開発し、生活機能が充実した集住エリアに転換するのは理に適っている。少なくとも、買い物客どうしの肩が触れあう40年前の姿に商店街を戻すことだけが中心市街地活性化ではない。集住エリアとなった中心市街地が車社会の課題を補完しているように見受けられる。市のフォローアップによれば、富山駅周辺と旧城下町エリアを包含する中心市街地への転入が増えている。富山市の基準地価は、富山駅周辺や市内の路面電車の沿線の上昇が目立つ。団子と串の都市構造は、長い目で見れば、中心市街地の外側に薄く広がる郊外開発に伴う非効率を和らげるはずだ。平成18年(2006)に開業した路面電車「富山ライトレール」も目を引く。富岩運河に並走するJR富山港線を路面電車に切り替え、市民の足として使われるよう15分おきの発着頻度に増やした。沿線は元々工業地帯だったが、その歴史的な役割を終えた今、歩いて暮らせる街に変わりつつある。街の愛着につながる修景の取り組みも「住み続けたい街」の要素になる。富山駅の北側にある運河の南端は富岩運河環水公園、通称「カナルパーク」に生まれ変わった。運河を借景とした店舗デザインが話題になったスターバックスコーヒーは全国で見られる公園カフェの走りだ。運河の北端の岩瀬地区は歴史的町なみ再生で有名になった。仕掛け人は100年以上続く地元の銘酒「満寿泉」の蔵元である。北前船の寄港地として栄えた岩瀬の街には廻船問屋の流れをくむ屋敷が多かった。平成13年(2001)、古民家を買い取り、リノベーションを施して蕎麦の名店に賃貸した。平成16年(2004)にはそれまで米穀店として使われていた廻船問屋の森家の土蔵群を取得。元来の風情を残しつつ修復のうえ酒専門店、レストランそして地元ゆかりの作家の工房を誘致した。このような具合で修景を進めていった結果、通り一帯が観光客が足を運ぶ新たなスポットに成長した。同じ通りにある金融機関、旅館等も町屋風に改装。富山市の「岩瀬まちづくり事業」の後押しもあった。今年3月、富山駅の南北で分かれていた富山ライトレールと市内電車がつながった。それまでは富山市が出資する第三セクター鉄道だったが、市内電車と同じく富山地方鉄道の経営となり、名実ともに一体化を果たした。富山ライトレール沿線と総曲輪エリアはいずれもコンパクトシティ戦略のあり方を示している。両者が一体化してどのような相乗効果が現れるだろうか、大きな期待が寄せられる。プロフィール大和総研主任研究員 鈴木 文彦仙台市出身、1993年七十七銀行入行。東北財務局上席専門調査員(2004-06年)出向等を経て2008年から大和総研。専門は地域経済・金融図4 岩瀬の町なみ(上)と富岩運河環水公園(下)(出所)令和1年11月30日に筆者撮影。スターバックスコーヒーは改装中だった ファイナンス 2020 Dec.61路線価でひもとく街の歴史連載路線価でひもとく街の歴史

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