ファイナンス 2020年12月号 No.661
50/98

トを絞り、最近のパウエル議長の発言や足もとの経済指標から考察を加える。(1)雇用今回の長期目標と金融政策戦略の改定(以下、改定)では、従来よりも雇用の回復を強調したものとなり、雇用の最大化に関し、従来には無かった「広範囲かつ包括的目標」との記載が加えられ、更に、最大化の水準について、従来の最大水準からの乖離(deviations)ではなく、今後は不足分(shortfalls)を考慮すると政策変更された*3。足もとの雇用に関してパウエル議長は9月のFOMCにおいて「景気後退は、全ての米国人に平等にではなく、アフリカ系米国人やヒスパニックの人々等に特に深刻な影響を与えた。」との主旨の発言をした。経済指標を確認すると、コロナ禍に伴うロックダウンの影響で、4月に大幅に減少した非農業雇用者数(NFP:nonfarm payroll employment)は、ロックダウンの段階的解除を受け、足もとで回復に転じている(図表(1))。ただ、失業率の推移を人種別でみた場合、雇用の回復に差があることが分かる(図表(2))。また、家計資産においても人種間で差が見られる。この9年間で有色人種の純資産は大きく伸びたものの絶対額で比較すると、白人の純資産は、アフリカ系の約8倍、ヒスパニック系の約5倍であり、格差がなかなか縮まっておらず(図表(3))、雇用喪失等による経済的ダメージの深刻度は人種間で偏っている可能性がある。図表(1) 非農業雇用者数(NFP)増減▲2100▲1500▲900▲3003002019181716151413121110090807(万人)非農業雇用者増減数+148.9万人(8月)⇒+66.1万人(9月)▲2,078.7万人(4月)(年)*3) 雇用目標を上下の変動を含む「乖離」から「不足分」に変更した理由について、パウエル議長からは「フィリプスカーブのフラット化に着目した」との発言があった。当該発言については、雇用の回復がインフレ上昇に繋がりにくいことを背景に、仮に今後雇用が回復しても、インフレが望ましい水準まで上昇しない限りは、引き締めを行わないことを示唆しているものとの見方もある。但し、それらの解釈には幅を持たせることが肝要であろう。*4) 今回の改定で物価に関し、パウエル議長はジャクソン・ホール(8月27日にオンライン開催)の経済ンポジウムにおいて、我々は「平均を定義する特定の数式に縛られない」と述べた上で、新たなFedの物価指針を柔軟な平均インフレ目標(FAIT:exible form of average ination targeting)と定義した。図表(2) 人種別失業率(U3)0481216209876543212020(年、月)(%)アフリカ系ヒスパニック系全体図表(3) 人種別家計純資産152.9189.118.724.119.536.150.374.5241.4323.8050100150200250300350(千ドル、1世帯あたり)20192010白人アフリカ系ヒスパニック系その他全体(年)※中心値(median) (2)物価今回の改定で物価に関しては、新しい指針として柔軟な平均インフレ目標(FAIT:flexible form of average ination targeting)が示された*4。FAITに関し、パウエル議長は「委員会は長期にわたって平均2%のインフレ率を達成することを目指す。したがって、インフレ率が継続的に2%を下回り続けた後は、しばらくの間、2%を緩やかに超えるインフレ率の達成を目指す。」との主旨の発言をしている。経済指標を確認すると、足もとのインフレ動向を示すPCEデフレーターは総合・コアともに2%を下回り、低迷が続いている(図表(4))。また、2000年代から足元のフィリプスカーブを分析すると、失業率が低下(≒改善)している状況でも、インフレ率が上昇し難くなっている傾向(フィリプスカーブのフラット化)が確認できる(図表(5))。9月のFOMCの見通しからも、物価目標の達成には、今後、数年を要するとの見方が示されている(図表(6))。46 ファイナンス 2020 Dec.連載海外経済の 潮流

元のページ  ../index.html#50

このブックを見る