ファイナンス 2020年12月号 No.661
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巻頭言新型コロナとのつき合い方 ―危機を好機に―グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)戦略投資効果局長國井 修インド、ブラジル、ケニアなどに住み、エイズ、エボラ熱を含む感染症対策に従事し、自らマラリア、コレラに感染した私から見ると、新型コロナはそれほど怖い病気ではない。実際に感染力・致死力では新型コロナを凌ぐ感染症はいくつもある。しかし、無症状の感染者が病原体をばらまき、油断をすると医療機関や介護施設などに潜り込み、急に病状が悪化して重症化、死亡する点では恐ろしい病気だ。貧困国よりも富裕国を襲い、情報の歪曲・錯綜によるインフォデミックが拡がり、自国優先のナショナリズムや新型コロナの政治化により国際連携が阻害された点でも問題は深刻化した。途上国の実態はよく見えない。情報システムが貧弱なためだ。スラム街やマーケット等を通じて感染拡大するも、医療従事者も感染してサービスが提供できない、感染や隔離を恐れて感染者が医療機関を受診しない、といった現場の声も届いている。私の国際機関が支援する低中所得国のうち7割以上がロックダウンを含む規制を行ったことで、新型コロナ以外の病気への必須医療サービスも中断・停滞した。原稿執筆時点(11月)で、結核は新型コロナに比べて年間死者数が多く、マラリアも約4倍の年間感染者数をもつ。エイズの致死率は治療をしなければ90%以上である。このような感染症の死者数がコロナ禍の影響で倍増するともいわれる。そのため、私の組織を含む9つの国際機関が連携し、日本を含むドナーも参画して「Access to COVID-19 Tools Accelerator」(ACTアクセラレーター)と呼ぶ国際協力を展開している。コロナ収束に向けて診断・治療・ワクチンの研究開発、生産、公平な配分、各国でのサービス提供を加速化し、2021年末までにワクチンを世界の20億人、2021年半ばまでに診断を5億人、治療を2億4500万人に届けるとの国際目標を掲げる。目標達成に必要な資金は日本円にして4兆円程度だが、これまでの調達額はその1割程度。世界の富裕国が自国のために費やしたコロナ緊急財政支援の約3000分の1である。ワクチンには関心を寄せるが、診断・検査への援助資金は少ない。熱や咳などコロナ似の病気の多い途上国では、検査手段なくしてコロナ対策は難しい。先進国で流行が収束しても、世界のどこかで燻る限り、再輸入・流行リスクは続く。オリパラ開催のためにも、世界の経済損失をこれ以上広げないためにも、一刻も早い世界全体での流行収束を目指し、国際協力を加速化する必要がある。新型コロナは今世紀最大級の危機だが、好機ともいえる。世界ではオープンデータ、オープンソースを活用し、産学官民が連携したリアルタイムでのデータ共有・分析・可視化・発信がなされた。世界の叡智・資金を結集した研究開発も進む。これまで世界の感染症統計には1-2年前の古いデータが使われ、世界で数千万人が苦しむ感染症にも研究開発が進まなかった。やればできる、との確信を感じた人は多いだろう。また、オフィス・社会のIT化、リモートワーク、ワークライフバランスなど、これまで社会の中での懸案事項が一挙に進んだものもある。「日本は世界の変化のスピードについていっていない」「ガラパゴス化している」などと言われるが、私の目にもそう映る。世界の動きや変化、優秀な人材の創出や流れなどを見ていて、日本の状況に危機感さえ感じる。今はコロナ禍のマイナス部分を見つめるだけでなく、将来を見据え、グランドデザインを描き、アクションを起こすチャンスでもある。特に日本の若者には日本社会の未来のビジョンを描いて欲しい。そのためにも、世界を見て欲しい。世界の中で、日本がどのような立ち位置にいるのか、日本にはどのような素晴らしさがあり、また日本国内では見えない弱さ、危機があるのか、感じて欲しい。―危機を好機に―ファイナンス 2020 Dec.1財務省広報誌「ファイナンス」はこちらからご覧いただけます。

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