ファイナンス 2020年12月号 No.661
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評者高見 博アルフレッド・シプケ、マルクス・ロドラウアー、ジャン・ロンメイ(張 龍梅) 編著金森 俊樹 監訳中国債券市場の未来日本証券経済研究所 2020年7月 定価 本体4,500円+税本書はIMFより昨年刊行された書籍の日本語訳である。中国の債券市場の現状と今後の課題について、IMFと中国人民銀行の専門家を中心とした執筆陣により、網羅的かつ深度ある分析が行われるだけでなく、中国が今後取り組むべき改革に関する様々な提言が盛り込まれている。本書ではまず、既に米国に次ぐ世界第2位の規模となった中国の債券市場の現状とその特徴について詳しく紹介する。特に、ソブリン債のイールドカーブ分析や、クレジット債(各種の社債)のプライシング分析は、他に例を見ない深度ある研究であり、比較的歴史の浅い国債先物市場やグリーンボンドについても詳しく述べられている。また、国債、企業債、公司債など、債券毎に規制当局や登録清算機関が異なる複雑な市場構造が維持されてきたことや国有企業が高い格付を得ていること等の伝統的な構造問題とともに、地方政府の隠れ借金に端を発した地方債の発行や企業の過剰債務解消に向けた債務の証券化といった新たな課題を踏まえた取組みについても客観的に論述している。続いて、債券市場の今後の発展と一層の対外開放に向けた課題として、外国人投資家を含めた市場アクセスの改善、市場流動性とリスクヘッジの強化などに向け、中国が取り組まなければならない各種施策や、監督体制や格付機関のアップグレイドの必要性について述べられている。例えば筆者は、中国の格付の信頼性についてIMFがどのように評価しているか以前から興味があったが、本書では複数の論文において、国有企業の格付けが優遇されている実態を「暗黙の保証」(英語版ではimplicit guarantee)とし、債券市場の発展の妨げとなっており早急に解消されるべき課題であると正面から切り込んでいる。また、海外からの債券市場への投資については、QFII及びRQFIIの導入やボンドコネクトの開始など順次拡大されてきたが、海外投資家のシェアはまだまだ小さく、限定的である。2016年に人民元がSDR入りし、海外投資家による人民元保有が今後も増加することが見込まれることから、海外からの投資をより円滑で低コストとなるよう、様々な提言が挙げられている。中国の債券市場への投資がさらに増加する可能性がある一方で、本書で指摘されている債券市場の歴史的・構造的な問題に加え、資本規制や為替制度が突然変更される可能性など、海外投資家にとって市場の透明性や予見可能性への懸念が根強い。また、地方の国有企業等のデフォルトが増加しており、コロナウイルス感染症拡大による景気悪化でさらに加速するとの観測がある。中国当局も試行錯誤を続けざるを得ないであろう。中国とIMFとの対話はこれからも続く。米中対立の影響はハイテクを中心に様々な分野に及んでいるが、金融に関しては市場開放が着実に前進している。中国にとっても、国際金融市場とのさらなる融合は避けて通れない道であり、むしろそれを梃子に国内の市場改革を進めるチャンスである。この度FTSEラッセルが来年10月から世界国債指数インデックスに中国国債を組み入れる旨の発表を行い、世界の3大主要債券インデックスのすべてに中国国債が採用されることとなった。日本のメガバンクの現地法人にも、長年の念願であった債券市場でのライセンスが付与されている。これから中国への投資を検討している投資家にぜひご一読されるようお薦めする。監訳者である金森氏は、長く中国の経済、金融についての研究を続けられ、レポートなどで精力的に発信しておられる。今回の日本語版出版においても、英文だけでなく中国語の原文を当たられ、英語と中国語のニュアンスの違いだけでなく、中国語と日本語のニュアンスの違いにまで配慮した翻訳を行っている。氏のち密な仕事ぶりに敬意を表するとともに、中国に対する正確で客観的な理解が進む助けとなることを強く願う。44 ファイナンス 2020 Dec.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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