ファイナンス 2020年12月号 No.661
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打ち出された。歳出面では年金制度などについて様々な改革が行われ*20、徐々にデフレ脱却の兆しも見えるようになっていったが、平成20年のリーマンショックで経済状況は再び暗転する。そのような中で喫緊の課題となったのが、少子化が進む中での社会保障制度の持続可能性であった。平成19年の福田康夫内閣以降、麻生、鳩山、菅、野田の各内閣で、与野党間において様々な議論が行われ、平成24年、民主党の野田佳彦内閣の時に三党合意*21が成立し、社会保障と税の一体改革が合意された。同合意で、消費税については、税率の5%から10%への引き上げが決定され、その後、自公連立の安倍晋三首相の下、平成26年4月に8%に、令和元年10月に10%へと引き上げられて今日に至っているのである。5MMT理論について今日、世界中で新型コロナ・ウィルス対応のために財政悪化が急速に進んでいるが、そのような中で、財政悪化を心配する必要がないとするMMT理論が我が国で注目されている。現代貨幣理論と訳されて、いかにも新しい説のように聞こえるが、筆者がみるところ、要するに軍票の発行理論である*22。これは、今年の財政学会の分科会でのMMT理論に関する研究発表(「財政黒字危機論の検討」慶応義塾大学大学院早崎成都奨励研究員)を聴いての筆者の理解である。発表で、MMT理論では国家の通貨発行に制限はないとの説明が行われたのに対して、筆者からそれは日銀による公債の直接引き受けが自動的に行われるようなものかとの質問を行った。それに対する早崎研究員の答えは、MMT理論では、政府と中央銀行は一体と考えられているので、そもそも公債の中央銀行引き受けという概念自体がないということであった。そして、租税*20) 塩川正十郎、谷垣禎一両財務大臣の下、マクロ経済スライドを導入する年金制度の抜本的な改革などが行われた。*21) 3党のリーダーは、野田佳彦首相(民主党)、谷垣禎一総裁(自民党)、山口那津男代表(公明党)であった。*22) ポール・クルーグマンは、MMT理論を第2次世界大戦中にアバ・ラーナーが唱えた「機能性ファイナンス」と同じような理論だとしている(「ゾンビとの論争」ポール・クルーグマン、早川書房、2020、p182-185)。MMT理論が、まともに議論されているのは米国と日本だけとのことである。米国の議論の背景には、米国が第1次世界大戦の直前まで中央銀行制度を持たなかった国であり、今日でも制度上は中央銀行券と並んで政府紙幣の流通が認められている国であることがあろう(「持たざる国への道」松元崇、中公文庫、2013、p270-274)。*23) 日本の軍票発行については、昭和財政史(戦前編)第4巻 臨時軍事費 第6章 戦地の軍事支出と軍票、参照。*24) MMT理論が、中央銀行の役割に期待しない背景には、中央銀行の金融政策をめぐる状況が、近時、大きく変わってきていることがあるとも考えられる(「リスク・オン経済の衝撃」、松元崇、日本経済新聞出版社、2014、第1章、知られざる金融政策大転換の本質)。金融政策をめぐる経済理論の混乱については、前掲「ゾンビとの論争」第32章、参照。*25) MMT理論は、無税国家を提唱するものではない。しかしながら「国の基」である税を「通貨回収の手段」としか位置付けないMMT理論からは、民主的なリーダーシップを導き出すのは難しいと考えられる。なお、MMT理論は、中央銀行制度を否定しているものではない。*26) クルーグマンは、MMT理論と同様の「機能性ファイナンス」理論が増税が必要になった場合の政治的困難について一切触れていないことを批判している(前掲「ゾンビとの論争」)。*27) 筆者が、MMT理論を無責任だと感じたのは、MMTの論者がシムズ理論との関係について論じないことからである。我が国で主張されているMMT理論では「我が国はデフレ下にありインフレになりそうもないのでいくら国債発行をしてもいい」というのに対して、シムズ理論ではインフレになるのでデフレ脱却のためにどんどん国債を発行すべきだとしている。全く正反対の主張なのである。は、そのようにして発行された通貨を、インフレを制御するために市場から回収する手段だということであった。筆者がこの説明から理解したことは、MMT理論が想定しているのは、中央銀行の関与しない通貨発行で、それは軍票の発行と同じと考えれば分かりやすいということであった。日本は、江戸時代、中央銀行のない中で、先物取引をはじめとする高度の金融取引を発達させてきた国である。また、先の戦争においては、多額の軍票を発行して占領地での戦費をまかなった国である*23。明治維新政府の発行した太政官札も実態は軍票であった。実は、欧米諸国も第2次世界大戦ではみんな軍票を発行していた。新型コロナ・ウィルスとの戦いは、戦争のようなものである。とすれば、そこで、日本を含めた各国が軍票のようなものを発行するのはむしろ当然と言えよう。MMT理論は、そのような有事における財政運営を理論づけていると考えられるのである。しかしながら、戦争が終わって軍票を発行し続ける国はない。平時においては、中央銀行がその受け入れる金融資産見合いで通貨を発行し安定的な金融政策を行うというのが、歴史上確立されてきた仕組みである。とすれば、中央銀行にその役割を期待しないMMT理論は、平時における理論としては無理があるといえよう*24。MMT理論は、租税をインフレを抑制するために市場から過剰となった通貨を回収する手段として位置付けている*25。しかしながら、租税を課すための政治的意思が常にあるとは限らないともしている*26。それは、インフレを抑制するために増税が求められる時に政治的な意思がないとなれば、経済が破たんしてしまうことを容認しているということである。それは、経済・財政政策をつかさどるものにとっては、極めて無責任な理論といえよう*27。財政再建におけるリーダーシッ ファイナンス 2020 Dec.23危機対応と財政(最終回)SPOT

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