ファイナンス 2020年11月号 No.660
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各地の話題3近代日本の礎を築いた「赤レンガ」近代国家としてヨーロッパ列強と渡り合うため、明治34年に舞鶴湾ウォーターフロントに舞鶴鎮守府(初代長官は東郷平八郎)を開庁しました。そこでは、魚雷庫、小銃庫などの旧海軍関連の施設をはじめ、トンネルや橋脚などの生活基盤まで、日本が近代化を進めていくための礎として様々な建造物が造られました。辺藩軍の東端高浜石碑標高、奈武将鶴ぶ氏3 【舞鶴湾】 【真珠湾】 ●近代日本の礎を築いた「赤レンガ」 近代国家としてヨーロッパ列強と渡り合うため、明治34年に舞鶴湾ウォーターフロントに舞鶴鎮守府(初代長官は東郷平八郎)を開庁しました。 そこでは、魚雷庫、小銃庫などの旧海軍関連の施設をはじめ、トンネルや橋脚などの生活基盤まで、日本が近代化を進めていくための礎として様々な建造物が造られました。 【明治後期の雰囲気が漂う赤レンガ倉庫】 現在も12棟の倉庫が残っており、「赤レンガパーク」と呼ばれるこのエリアは、ジャズライブ等明治後期の雰囲気が漂う赤レンガ倉庫現在も12棟の倉庫が残っており、「赤レンガパーク」と呼ばれるこのエリアは、ジャズライブ等のイベントが催されるほか、カフェとしても利用され、人気のある観光地の一つとなっています。4世界記憶遺産に登録「舞鶴引揚記念館収蔵資料」昭和20年、第二次世界大戦が終結し、旧満洲(現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。呉をはじめ、18港の引揚港が全国に次々と設置され、舞鶴では昭和20年10月7日に最初の引揚船“雲仙丸”が入港してから昭和33年9月7日の最終の引揚船“白山丸”の入港まで13年間にわたり約66万人もの引揚者・復員兵を迎え入れました。舞鶴引揚記念館では、シベリアの地で使用したコートなどの防寒着をはじめ「引揚證明書」などの文書類など全国から約16,000点の貴重な資料の寄贈を受け、うち約1,000点を常設展示しており、平成27年10月10日に収蔵資料のうち570点がユネスコ世界記憶遺産に登録されています。引揚桟橋 引揚者を迎え入れた平和の象徴5海、陸のネットワーク拠点「舞鶴」港町としての舞鶴の歴史は古く、およそ5,300年前の丸木舟が遺跡から出土したことで、この地が縄文時代から海とともに歩んできたことがわかりました。近年は、多くのクルーズ客船が入港しており、その種類も定員4,000名を超える大型客船やラグジュアリ船など、バラエティに富んでいます。また、舞鶴港と北海道の小樽港とを結ぶ大型フェリー「新日本海フェリー」が毎日運航しており、船内の露天温泉やクルーズディナーを楽しみながら、約21時間の優雅な船旅をすることができます。さらに、ロシア、韓国と舞鶴市を結ぶ、初の国際旅客航路が新設され、令和2年9月17日、第一便が入港したところです。今後、新型コロナウィルス感染症が収束し、多くの人が行き来することに期待を膨らませています。陸路においても、軍港を擁する日本海側の主要都市舞鶴と大阪とを鉄道で結ぶ「阪鶴鉄道」計画が明治26年に起こり、明治37年には直通運行が実現しました。その後、鉄道国有法等により営業が譲渡されるなどの経緯がありましたが、「阪鶴鉄道」は現在のJR福知山線や阪急宝塚線の原型となっています。舞鶴港と小樽港とを結ぶ「新日本海フェリー」 ファイナンス 2020 Nov.77連載各地の話題

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