ファイナンス 2020年11月号 No.660
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のとおりです。さらに冷戦の終焉以後に起こった大きな変化の一つは、インドの覚醒だと私は思っています。インドという巨大な潜在力を持っている国が、それまで輸入代替、外の支援を受けないと言っていた国が、そうではなくなってきました。遡ってみれば、マラッカ海峡を通ってインド洋へ、というルートは、戦前も日本から見れば非常に大事なルートでした。このルートの平和と安全を保障していたのは、大英帝国であり、日英同盟でした。戦後は、これに代わって、日米同盟が安全を保障するようになったわけですが、アメリカの力にも陰りがあったり、中東に問題が生じたりして、日本のインド洋地域、さらには湾岸地域への関与が徐々に増えていきました。古くはオイルショックの頃からアメリカの要請もあって、日本は湾岸地域に対する政府開発援助(ODA)を始め、2001年の9.11の後はインド洋で補給支援活動を行い、その後は自衛隊を出すことまでやりました。また、アデン湾の海賊対策もやっていて、インド洋地域に対する関与が増えています。また、今世紀の初めぐらいから学会でもインド洋地域の重要性、かつ太平洋との連結性の強まりということについて、「インド太平洋」というコンセプトを使う人が増えてきています。このようなわけで、自由で開かれたインド太平洋構想というのは、中国の膨脹に対抗して出てきた概念ではなく、そもそも戦前からの日本の発展の大きなリアリティとして存在したものです。この地域がうまくいっているときには、日本は発展してきたということを申し上げておきたいと思います。(4)中国の「一帯一路」こうした日本の歴史的な発展の一部として、不可欠な部分としてインド太平洋があり、むしろ、これにチャレンジしてきたのが中国の「一帯一路」だと思います。「一帯一路」というのは、言い換えれば、「全ての道は北京に通ずる」というような話だと思いますが、実態はいろいろなプロジェクトの組み合わせです。動機も様々で、中国の資源の確保、影響力の確保、あるいは、中国で余った物資の輸出などいろいろなものがあります。それを一つ一つ精査して、良いものは受け入れる、まずいものには対抗する、というきめ細かな取組が必要だということを私は主張してきました。「一帯一路」と協力する4条件、つまり、調達の公平性とか、開放性、透明性や、相手国の財務健全性への配慮とかを安倍総理が言われましたが、背景として、私の主張も勘案して頂けたかと思っています。(5)普遍的価値が根底にインド太平洋地域を見ていますと、「自由な貿易」、「海洋の自由」、「民主的価値」、「法の支配」を大事にしています。私は民主主義のエッセンスの一つは、やはり法の支配だと思っています。法の支配のエッセンスは、最高権力者といえども、法の前では裁かれ得るということになります。従って、民主主義のエッセンスと極めて近いといえます。こう考えると、この地域は非常に重要な普遍的価値を根底にしているわけです。例えば、フィリピンとかインドネシアは、かつては独裁国家だったわけです。1950年代、1960年代にインドネシアが民主化するなどということを思った人がいたでしょうか。かつて、スカルノ大統領は「ガイデッド・デモクラシー」ということを言って、欧米から嘲笑されました。指導された民主主義、そんなものあるかと。しかし、過去数回、立派に自由な選挙で平和裏に政権交代が起こっている。日本の賠償があり、インフラができて、その結果、日本の企業が進出しました。日本の企業の多くは輸出企業であり、輸出企業は、世界と競争するから、腐敗があってはならないですよね。競争力を保つために相対的にクリーンですし、さらに雇用を創出して、中産階級ができました。それが民主主義の土台になったと考えています。ですから、この自由で開かれたインド太平洋構想というのは、既に長い歴史をもって発展してきていた、そして、将来にわたって守らなくてはいけない重要なビジョンだと私は考えております。 ファイナンス 2020 Nov.63夏季職員トップセミナー 連載セミナー

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