ファイナンス 2020年11月号 No.660
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取組みとして選んだ企業グループと*12、それ以外の企業グループに分けた。そして、業種の特徴や財務指標の平均値に有意差があるかどうかを確認した。比較するための財務指標として、以下の指標を用いた。それぞれの算出式は表3のとおりである。・従業員一人当たりの賃金(現状の賃金水準によって賃上げの取組みに差があると考えられるため)・キャッシュフロー(賃上げするためには企業にある程度の余裕資金が要ることが考えられるため)・売上高(企業がどの程度人手を必要としているかは、その企業の生産量によっても影響を受けると考えられるため)・従業員数及び資本金(冒頭で紹介した景気予測調査の集計結果で中小企業ほど賃上げを選ぶ企業の割合が多いことから、企業規模をとらえるため)・有利子負債比率(企業が過剰債務を抱えている場合は、人手不足への対応策も費用を抑制する方法を検討することが考えられるため)・労働装備率(人手不足といった労働力不足を資本に投資することで代替していくことが考えられるため)・労働生産性(企業の労働生産性が企業行動に影響を及ぼすと考えられるため)*13*14*15*16表3 本稿で用いる財務指標の定義指標算出式従業員一人当たり賃金(従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)/従業員数キャッシュフロー*13((当期純利益+減価償却費+特別減価償却費-特別損益-正味運転資本期首期末差額)-(有形・無形固定資産期首期末差額+減価償却費))/総資産売上高自然対数従業員数自然対数資本金自然対数有利子負債比率(短期借入金+長期借入金+社債)*14/自己資本労働装備率(土地+その他の有形固定資産(建設仮勘定を除く))/(従業員数+役員数)*15労働生産性付加価値額*16/(従業員数+役員数)*12) ここでは「賃金(初任給を含む)の引上げ」を重要度1位で選んだ企業に限定し、第2位、第3位として回答した企業は、それ以外の企業グループに含めている。*13) 中村(2017)を参考にした。*14) 嶋(2017)を参考にした。*15) 特に小規模企業では従業員と役員の職務に区別を付けていない可能性が考えられることから、労働装備率及び労働生産性の分母には役員を含めて算出している。*16) 法人企業統計による定義を踏まえ、営業純益(営業利益-支払利息等)に人件費(役員給与、役員賞与、従業員給与、従業員賞与、福利厚生費)、支払利息等、動産・不動産賃借料及び租税公課を加えて算出した。*17) 変数間の相関をみると、売上高と従業員数(相関係数0.825)、売上高と資本金(相関係数0.607)、従業員数と資本金(相関係数0.518)及び一人当たり賃金と労働生産性(相関係数0.505)に正の相関が確認された。つまり、企業ごとにこれらの変数は同様の動きとなっていることから、それぞれどちらの変数と関係があるのか区別が困難となっている。この人手不足企業を対象とした分析の結果は表4のとおりである*17。グループ間の差が有意になっている指標をみると「賃金(初任給を含む)の引上げ」を選んだ企業グループの方が、それ以外の企業グループよりも、従業員一人当たり賃金の水準が低く、資本金が少ない、つまり企業規模が比較的小さいという財務上の特徴があることがわかった。一方、キャッシュフロー、売上高、従業員数、有利子負債比率、労働装備率及び労働生産性はグループ間で有意差がみられなかった。次に、業種によってどの程度違いがあるかを見てみよう。「賃金(初任給を含む)の引上げ」を選んだ企業グループとそれ以外の企業グループ内でそれぞれの業種が含まれている割合に有意差があった業種は、製造業、情報通信業、他サービス業であった(表4)。その特徴を確認すると、人手不足に直面していて賃上げを選んでいる企業は、製造業及び情報通信業では少なく、他サービス業では多いということがわかった。ここでいう「他サービス業」は、主に宿泊業、飲食サービス業、その他のサービス業が含まれている。橋本(2020)は集計データを用いているので製造業以外の業種はすべて非製造業に含まれており個別の業種の特徴がどうしても分かりにくい。本稿では、個票を用いて詳細に業種を分けた結果、非製造業に含まれる情報通信業と他サービス業では、人手不足の対応策として、情報通信業は賃上げを最も重要な取組みに選ぶ企業が少ないが、他サービス業は多いというように、業種によって異なることが確認できた。以上の結果をまとめると、人手不足に直面していて、企業経営者が対策として賃上げを重視している企業の特徴は、企業規模(資本金)が小さい企業であり、また賃金の水準が比較的低い企業で、宿泊業、飲食サービス業、その他のサービス業等の業種が多いことがわかった。58 ファイナンス 2020 Nov.連載日本経済を 考える

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