ファイナンス 2020年11月号 No.660
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html人手不足に直面している企業と 賃上げ意欲に関する分析*1-法人企業景気予測調査・  法人企業統計調査を用いた分析-財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室員升井 翼財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官奥 愛シリーズ日本経済を考える1061.はじめに*1日本は今後も人口減少が続いていく見込みである。人口減少には即効性のあるワクチンはなく、今後、コロナショックから経済が回復した後には改めて人手不足が課題になる。恒常的な人手不足の状況を考えれば、労働市場の需要と供給の関係からは賃金は上昇すると考えられる。しかし、これまでの人手不足の環境下においては、労働経済学者を中心とする研究者らによって執筆された書籍『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田編(2017))のタイトルにあるように、実質賃金の上昇は鈍い状況が続いてきた。それでは、人手不足に直面した企業は、これまでどのような対応策を取ってきたのだろうか。まず、人手不足への対応策を聞いたアンケート調査の回答を確認してみよう。『令和元年度 年次経済財政報告*2』(内閣府(2019))に掲載されている結果をみると、最も多かった回答は「新卒、中途・経験者採用の増員」だった。また、『令和元年版 労働経済の分析*3』(厚生労働省(2019))をみると、人材不足緩和対策に取り組んでいる(予定含む)企業では「求人募集時の賃金を引き上げる」であり、このうち人手不足の企業に限定すると「応募条件の緩和を図るなど、*1) 本稿は執筆にあたり内閣府経済社会総合研究所景気統計部及び財務省財務総合政策研究所調査統計部から「法人企業景気予測調査」、財務省財務総合政策研究所調査統計部から「法人企業統計調査」の個票データの提供を受けた。また、財務総合政策研究所の八木橋毅司主任研究官、木村遥介前研究官、髙橋済研究官に有益な助言や示唆をいただいた。記して感謝申し上げたい。ありうべき誤りは全て筆者らに帰する。なお、本稿内容は筆者らの個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。*2) データの出所である『多様化する働き手に関する企業の意識調査』(内閣府(2019))の実施期間は2019年2月4日~22日で、有効回答数は2,147社(回収率は26.8%)である。質問事項の一つとして人手不足を調査している。回答選択肢は、『令和元年度 年次経済財政報告』(同前)第1-3-6図を参照。*3) データの出所である『人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査』(労働政策研究・研修機構(2019))の実施期間は2019年3月1日~20日で、全国の従業員20人以上の企業及びそこで雇用されている正社員に対して調査している。企業調査の有効回収数は4,599社(有効回収率23.0%)である。回答選択肢は、『令和元年版 労働経済の分析』(厚生労働省(2019))図表2-(1)-13を参照。採用対象を拡大する」、「新卒採用を強化する」と回答した企業が多かった。さらに、『令和元年(2019年)7~9月期 法人企業景気予測調査』の調査結果をみると、大企業、中堅企業(資本金ベース)は「人材育成の強化」と回答する企業が最も多く、中小企業は「賃金(初任給を含む)の引上げ」が最も多い結果となっていた。また、同調査で、大企業について産業別にみると、製造業では「人材育成の強化」、「賃金(初任給を含む)の引上げ」の順に多く、非製造業では「人材育成の強化」、「業務プロセスの見直し」の順となっていた。この法人企業景気予測調査の結果については、橋本(2020)が公表された調査結果をもとに、(1)大企業、中堅企業と比較して、中小企業では「賃金(初任給を含む)の引上げ」と併せて従業員の待遇改善がより重要視されていると考えられる、(2)製造業では熟練した従業員の確保が、非製造業では業務の効率化がより重要視されている傾向が伺える、と解説している。本稿では、人手不足に直面している企業経営者はどのような対応策をとろうとしているのか、さらに、そのうち賃上げの意欲が高い企業にはどのような財務上の特徴があるのかという問題意識から、法人企業景気予測調査の個票データを用いることで、橋本(2020) ファイナンス 2020 Nov.55連載日本経済を 考える

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