ファイナンス 2020年11月号 No.660
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評者渡部 晶貞刈 厚仁 著Ambitious City ―福岡市政での42年間―松影出版 2020年2月 定価 本体1,800円+税本書は、福岡市役所に奉職した著者が、1977年の入庁から2019年3月に副市長を退任するまでの42年間について、「これまでどのような気持ちで仕事に携わってきたかを記したもの」である。著者の貞刈氏は、1954年に福岡県に生まれ、九州大学経済学部卒業後、政令市になって間もない福岡市に入庁した。総務企画局長・副市長の8年間、現在の高島市長を補佐し、2019年6月より株式会社博多座代表取締役社長を務める。本書の構成は、序章 福岡市役所入庁、第一章 福岡市、飛躍への挑戦がはじまる、第二章 新たな挑戦へのスタート、第三章 市政を行う責任の重さ、第四章 教育現場が危ない、第五章 FUKUOKA NEXT への挑戦、第六章 活力ある市政を取り戻す、第七章 次代を拓いていく皆さんへ、終章 アジアのリーダー都市を目指して、付章 成長する都市・・福岡市の今とこれから(2018年10月日本都市学会(福岡開催)基調講演)、となっている。第一章は、いまの福岡市発展の大きなきっかけとなったといわれる、1989年の「アジア太平洋博覧会」の話題で、著者が1984年に博覧会準備室に着任してからの5年3か月の回顧談である。本文の中で約5分の1の分量を占め、著者の思い入れがよくわかる。「福岡らしい博覧会とは?」という問題意識を持って「一過性のイベントではなく新しい福岡を創る起爆剤となる」という熱い気持ちで取り組んだという。このために、著者がアジアをまたにかけ縦横無尽に商社マンのように活躍する。そして、基本構想段階から野外展示やパフォーマンスに重点を置き、パビリオンだけではなく会場全体でアジア太平洋の雰囲気を味わってもらおう、楽しんでもらおう、という意図が大きな成果を生んだ。博覧会を契機として、福岡アジア文化賞、アジアフォーカス福岡映画祭、アジア太平洋こども会議など、現在も続くアジアとの交流が生れたほか、会場となった百道・地行地区には、福岡ドームや多数のIT企業が立地、総合図書館をはじめとした公共施設の整備も進み、福岡を代表するエリアになった。第二章では、「博多町屋ふるさと館」の移築の経緯や韓国釜山広域市との交流のエピソードなどが語られる。著者の博多への熱い想いの一端を伺わせるものだ。第三章は、「福岡市の冬の時代」といわれる時代、1999年から3年間の都市整備局都市開発部長時代の経験が述べられる。博多部振興の目玉であった下川端地区の再開発事業(スーパーブランドシティ)の破たん処理に忙殺される日々を叙述する。この種の類書にはない率直な内容となっていると思う。第四章の2007年の教育次長時代の経験も同様だ。第五章・第六章は、いまの市政の内容だが、県との間の日頃の齟齬について極めてはっきりと指摘する(170頁以下)。最近、大都市制度の見直し論議は停滞していると思うが、今後の日本の成長について真剣に考えるのであれば、大都市が持っている可能性を最大限発揮するための大胆な検討が不可欠だと痛感する。第七章・終章は、福岡市の若い職員に向けた語りかけがメインになる。「社会脳を鍛える」、「『何のために』で世界が変わる」、「『こうしたら出来る!』という自分の意見を持とう」などの言葉や、福岡という都市への歴史を踏まえた見解は多々参考になるだろう。本書の随処に出てくる著者の人的ネットワークの構築力には瞠目する。章間に挟まれた「コーヒーブレイク」では、著者の個人的な部分を紹介する。九大でアイスホッケーに打ち込み、人生を通じた付き合いに及んだという話題、父親のシベリヤ抑留経験からシベリヤ慰霊の旅に関する話題、評者もあこがれている、退任後のニュージーランドのミルホードトラックでのトレッキングの話題など興味深い。評者は、2001年2月から2003年7月まで「冬の時代」の福岡市に出向する機会を得た。福岡市の埋め立て地アイランドシティへの対応に追われて下川端の破たん処理には関わっていなかったが、当時の貞刈都市開発部長が苦労していた銀行の交渉において少しだけお手伝いをさせていただいたことを思い出した。近年大いに躍動し、旧5大都市に匹敵する勢いの福岡市だが、コロナウィルス感染拡大は大きな試練となっている。評者は、本書で活写された福岡の公民連携の優れた蓄積や「人材力」で、この試練を必ずや乗り切ってさらに前進するものと期待している。福岡市の躍進の「秘密」を知るのに最適の1冊である。関心の向きには一読をお勧めしたい。54 ファイナンス 2020 Nov.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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