ファイナンス 2020年11月号 No.660
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党にとってそれなりの合理性をもった戦術だという*27。しかしながら、それに関しては「議論することで野党の存在感を示すのでなく、審議をしないことで影響力を作り出すというのは議会政治の姿としては歪んでいる」との批判も行われてきた*28。7予算審議が行われないわが国の予算委員会野党の日程戦術の主な舞台となっているのが予算委員会である。わが国の予算委員会は、予算委員会と言いながら、ほとんど予算を審議しないという諸外国に例を見ないものになっている*29。それは戦後、米国型の委員会中心主義が導入されて、それまでの英国型では本会議場で行われていた「質問」が行われなくなり、それに代わる場として予算委員会での「質疑」が用いられるようになったことからだと考えられる。そのようなわが国の予算委員会における、財務大臣や首相の出席の頻度も諸外国に例を見ないものになっている。英国の歳出委員会に大蔵大臣の出席が求められるのは、冒頭3日間と最後の採決のみである。ドイツの予算委員会で大蔵大臣が出席を求められるのは首相府と大蔵省の予算審議のみである。他の西欧諸国も、同様である。首相が予算委員会の審議に日本ほど頻繁に出席を求められる国もない。英国の首相は、第一大蔵大臣(The First Lord of the Treasury)である*30が、首相が議会の審議に出席するのは、基本的にクウェスチョン・タイムの審議だけである。わが国では、そのような形で予算委員会が「見せ場」作りの場になっているのである。我が国で、野党が日程戦術で「見せ場」作りの戦術をとるようになったのは、戦後の60年安保反対闘争以来だと言われている。当時の岸内閣は、議会での多*27) 「永田町政治の興亡」ジェラルド・L・カーティス、新潮社、2001*28) 「政治改革」山口二郎、岩波新書、1993*29) この点に関しては、国会で予算修正が行われないからやむ得ないと言われることがあるが、実は英国でも予算修正は行われていない。それは、筆者が主計局の調査課長だった時、財政制度等審議会の委員だった芦部信義教授に指摘されたことである。ちなみに、英国では、政府予算案の審議に関して慣行として29日の範囲内で野党が討議すべき議題と時期を選ぶことが保障されている(Opposition Days、「野党の日」)。我が国でも戦前の議会では予算審議には21日以内という制限がかけられており(「恐慌に立ち向かった男 高橋是清」p137)、その範囲内で今日の英国と同様の活発な審議が行われていた。*30) 宮沢俊義教授の定義によれば、「予算は毎年の行政計画の財政的な表現」である。行政計画の最終責任者は第1大蔵大臣である首相であるが、多忙な首相が第2大蔵大臣にその仕事を任せているのが英国である(「英国の財政制度」松元崇、ファイナンス2001.3)。*31) そのようにして出来上がった「見せ場」づくりの政治からは、国民には与野党は不倶戴天の敵のように見えていたが、実は国民生活に直接つながるような政策については、与党が野党が求める政策の導入にも前向きだったことから、与野党の違いはそれほどでも無かった。そのことが、55年体制崩壊後の政局における自社さ連立政権の誕生(1994年)につながったとされている。*32) 小選挙区制の下で、与党のリーダーシップに変化がみられるとの指摘もある。*33) 野党が政権担当能力を示すためには、ディベート教育の充実も必要であろう。ディベート教育については、「『持たざる国』への道 高橋是清暗殺後の日本」松元崇、大蔵財務協会、2010、p223-232参照。*34) 米国議会予算局(CBO)財政見通し(2020.9.3)数を背景に審議を進めたが、「多数の横暴」との批判が高まる中デモ隊が国会を取り囲み、最終的に安保条約は可決したものの退陣に追い込まれた。それが、野党の大きな成功体験になって「見せ場」作りの戦術をとるようになったというのである*31。それは、英国のみならず、フランスやドイツなどでも見られない慣行であり、国会での政策議論に主軸がない結果として、与野党ともに政策面で党首のリーダーシップの発揮が難しい状況を作り出していると言えよう。8危機対応と財政我が国の意思決定の仕組み、リーダーシップの在り方は、今後、どうなっていくのであろうか。現在の状況が、戦後、危機時のリーダーシップを米国に委ねることが出来るようになった環境の下で誕生してきたものだとするならば、今日、米国が「世界の警察官」であることをやめると宣言した状況下では、変わっていかざるを得ないと考えられる*32。そのような状況下、野党においても提案型の国会論戦をしていかなければならないと言われるようになってきている。政権担当能力を示さなければならないということであろう*33。今日、新型コロナ対策での各国の財政赤字の積み上がりぶりには著しいものがある。2020年度の米国の財政赤字は350兆円にも及ぶと見通されている*34。このままでは、やがて財政再建が世界的な課題になっていくことは確実である。その場面では、財政再建について各国それぞれのリーダーシップが問われることになろう。わが国のリーダーシップも問われることになるはずである。 ファイナンス 2020 Nov.41危機対応と財政(6)SPOT

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