ファイナンス 2020年11月号 No.660
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党の「党議」となるのがドイツやフランスのシステムであり、そのほうが透明性も高く望ましいとしている*21。筆者もかつてはそう考えていた。しかしながら、先にみたような予算編成に絡んだ事前審査制導入の経緯からすれば、中野説や大山説だけで全てを説明することは難しいと考えるに至っている。筆者の考えは、帝国主義華やかで、しばしば国家存亡の危機に直面していた戦前には、危機時におけるリーダーシップが不可欠で、江戸時代以来の意思決定の伝統であるコンセンサス重視の仕組みを尊重している余裕がなかった。それが、敗戦後、危機時のリーダーシップを米国に委ねることができるようになった結果、コンセンサス重視を尊重する伝統的な意思決定の仕組みに回帰する余裕が出来た。そこで生まれてきたのが事前審査制度というわけである。6「質問責任」が問われなくなった戦後の国会実は、戦後、コンセンサス重視を尊重して意思決定する仕組みを作り上げられなかったのが野党である。2009年から2012年まで政権を担当した民主党は、自民党のような事前審査システムを持っておらず、政策のとりまとめをうまく行うことが出来なかった。岩田一政日本経済研究センター理事長によれば、「民主党は政権内の意思疎通がとにかく悪かった。それが、政党としての意思決定ができないことにつながったと思います。自民党ならば、総務会で決めたことは、たとえ個人的に反対であっても従うというコンセンサスがしっかりできている。ところが、民主党にはそれがない。各自勝手なことを言うから、時間ばかりかかって、何も出てこない。その意味では、経済、財政、それから外交においても、民主党政権時代は空白だったという気がしますね*22」ということになってしまったのである。元々、野党時代に、事前審査制度のような*21) 大山教授は、フランスのように、政府が法案の成立に信任をかけるような手段(本稿第3回、注9)の制度化も検討すべきだとしている。同教授は、戦後の国会における与野党間の討論の空洞化を示しているのが、帝国議会時代に各会期毎に刊行されていた「衆議院報告」に匹敵する刊行物が現在は出されておらず、1954年以降、国政調査報告書も提出されていないことだとしている(「比較議会政治論」大山礼子、岩波書店、2012)*22) 「平成の経済政策はどう決められたか」土居丈郎、中公選書、2020*23) 1994年に成立した自社さ政権は効率的な意思決定システムを創り上げて消費税の3%から5%への引き上げなどを行った。自民党が一翼を担っていたことが、その理由と考えられる。*24) 「説明責任」も近世に入ってから登場してきた新しい概念である。これは、筆者が人事院の研修(日本アスペン研究所)で指導していただいた哲学者の今道友信先生(元世界哲学協会会長)に伺った話である。*25) 本稿第2回「英国の選挙と議会」参照。*26) この慣行は、「質問」と「質疑」の混同からのものと考えられる。「質疑」とは、委員会に付託された案件についての疑義を質すために行われるもので(国会法第47条)、それへの反論はあり得ない(例えば法案の条文の解釈について質すもの)。それに対して「質問」は、本会議で行われるもので、内容についての制限はなく「反論」も許される(国会法第74条、75条)。「質問」への「反論」の否定は「議論」の否定になってしまうのである。意思決定システムを持っておらず、政権をとってもそれを作り上げることが出来なかったのである*23。なぜ野党はコンセンサス重視を尊重して意思決定する仕組みを作り上げられなかったのであろうか。筆者は、それには、戦後、国会で「質問責任」が問われなくなってしまったことが大きいと考えている。「質問責任」*24とは筆者の造語であるが、与党の政策について「説明責任」を問う前提として、野党が自ら責任のある政策を持っていることである。英国型の二大政党制では、野党がそのような政策を持っていることは当然である。与党が失敗したときに、いつでも代わりうるために必要だからである。そのような「質問責任」が、英国議会における「言葉の決闘」を成立させているのである。そこでは、野党の質問に対して政府側から厳しい反論がなされる*25。ところが、わが国の国会では、政府が野党の質問に反論すると「こちらが聞いていないことまで述べるのは質問権の侵害だ」として制止される*26。それでは、野党として、政府側からの反論に耐えうるような政策を持っている必要がないということになってしまう。与党が失敗した時にいつでも代わりうる政策を持っている必要がないということになる。野党の政権担当能力が問われる場面がないということである。政府側としては、反論できない以上、あらかじめ用意した想定問答どおりの答えをして無難に切り抜けるということになる。その相互作用として、国会での「説明責任」も形骸化してしまっているというわけである。そのような戦後の国会で、野党が行ってきたのがわが国独特の日程戦術である。その戦術は、政府提出法案の会期末廃案を避けるために与党が強行採決を行えば、マスコミに対して与党独裁の「見せ場」を作らせることになり、それへの批判から次の選挙戦で与党は不利になる。そのような「見せ場」をつくらせないために、与党から一定の妥協を引き出せることから、野40 ファイナンス 2020 Nov.SPOT

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