ファイナンス 2020年11月号 No.660
43/90

議員立法は、まかりまちがうと折角成立した国の予算に大きなヒビを入れかねないので大蔵省も重大な関心を寄せている。当今のようにあの委員会もこの委員会もという状況では、主計局がノイローゼにかかるのもムリはない」という状況になったのである。そのような状況に対して自民党は、予算を伴う議員立法を認めないとの方針を打ち出していった。昭和32年10月30日付の新聞は、「自民党は29日の6役会議で、今後予算措置を必要とする内容の法案は議員提案の形はとらないことにし、政府から提案することにした」と報じている。昭和33年4月4日には、一万田尚登蔵相が閣議で「予算措置を伴う議員立法が続出しているがすでに予算が成立しているのでこれらの議員立法には強く反対する」と述べて閣議了承された。昭和35年2月12日には、佐藤栄作蔵相が、昭和35年度予算案に変更をもたらすような議員立法は好ましくないので慎重にするようにとの旨を自民党に申し入れた*16。そのような経緯を経て、昭和37年2月の自民党総務会長からの申し入れに基づき出来上がったのが与党による事前審査制度であった。事前審査制度の運用において注目されるのが自民党の党内民主主義である。そこでは自由な意見表明が行われ、少数意見の圧殺などは行われない。江戸時代の寄り合いに見られたような意思決定が行われているのである。部会での議論には、その後の政審、総務会の日程上、一定の時間的な制約が課されるが、その制約の中では1年生議員にも自由な発言が認められている。また、事前審査プロセスを経た法案の国会採決には党議拘束がかけられるが、その後に少数意見を述べることが制約されるというわけでもない*17。「空気の支配」が出来上がるわけではない。なお、そのような手続きを経て提出された内閣提出法案については、与野党の「国対」における意思疎通がうまく図られれば、国会での「言葉の決闘」もなく「円滑」に法案処理される。「根回し」によるコンセンサスの形成が行われるのである。*16) 自民党は、予算に予定していない国費の負担或いは歳入の欠陥を生ずる内容の議員立法または法案の修正を差し控えることを総務会決定した(昭和35年11月30日)。*17) 筆者は、主計局で7年間にわたり農林の主査・主計官を務めたが、農林部会では、深夜、反対議員が退席したところで部会長に一任する形の意思決定が行われていた。退席した議員は、決定には従うが、自分がいないところで勝手に決められてしまったと言って自説を主張し続けるのが常であった。*18) 『日本の政治力学』中野実、NHKブックス、1993*19) 歴史に名を遺す雄弁家としては、陸軍大臣との間で「腹切り問答」を行った浜田国松、2.26事件を糾弾する「粛軍演説」を行った斉藤隆夫が有名である。政府側の反論としては、第2回帝国議会で行われた樺山資紀海軍大臣の「蛮勇演説」がある。大蔵大臣の高橋是清も井上準之助との間で激しいやり取りを行っていた。「言葉の決闘」の代表例としては、前回紹介した統帥権干犯問題を巡る議論が有名である。*20) 「国会学入門」大山礼子、三省堂、19975事前審査制度をどう考えるか以上のような経緯で出来上がった与党の事前審査システムであるが、戦前になかったものが戦後生まれてきたこと、それが国会における与野党間での議論を低調なものにしていることについて様々な批判が行われてきた。中野実氏*18はその誕生の原因を、戦後、無理にアメリカ型の委員会中心主義がとられるようになったことに求めている。中野氏によると「戦前の帝国議会の時代は、イギリス型の本会議中心主義であったから、まさしく高い公開性を有して徹底した討論が行われ、そこでの議論が政策決定に最も大きく作用した。(中略)各党にはそれぞれ歴史に名を残すほどの個性的な雄弁家の議員が多数、存在していた*19。この点では、イギリス議会では今日もなお、本会議での討論こそ議会制デモクラシーの本義という伝統が守られていて、実際、会議場では、まさしく「口角泡をとばす」ほどの激烈な討論が長時間行なわれている。これに対し、戦後、アメリカ議会型の委員会中心主義がとられてからは、まず本会議での討論、ついで委員会での討論がしだいに形骸化し、院外での与野党間の交渉、与野党と官僚相互の「根まわし」型折衝が政策過程に実質的な決定を導くようになっている」というのである。理由は異なるが、やはり戦後の国会制度の変更が事前審査制度の弊害をもたらしたとしているのが大山令子聖学院大学教授*20である。同教授によれば、戦後、議院内閣制を理解しないGHQの主導により法案が一旦提出された後は内閣は国会の議事に介入できない(法案審議の促進手段を全く持たない)という議院内閣制の議会としては異常な米国流の制度が導入された。そこで、事前に法案を固めてしまわなければならなくなったというのである。大山教授は、法案提出後も政府が議事に参加でき、かつ、委員会審議が非公開のドイツやフランスのような仕組みにすれば、政府は与党と事前調整を行なわなくても議会の非公開の委員会審議の場で与党との調整を行えばよくなる。そのようにして出された委員会審議での結論が実質的に与 ファイナンス 2020 Nov.39危機対応と財政(6)SPOT

元のページ  ../index.html#43

このブックを見る