ファイナンス 2020年11月号 No.660
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ている。そのようなコンセンサス形成の仕組みとして戦後出来上がってきたのが与党の事前審査制度と言えよう。与党の事前審査制度は、それが国会審議を空洞化させている、透明性に欠けるといったことで何かと批判されてきたが、*8今日でも厳然として行われているのには、そのような背景があると考えられるのである*9。4事前審査制度の誕生*10与党の事前審査制度は、池田内閣当時の昭和37年(1962年)2月23日、自民党の赤城宗徳総務会長が大平正芳官房長官に提出した文書(「法案提出の場合は閣議決定に先立って、党総務会に報告をお願いしたい」)から始まったものである。そこに至る過程には予算編成が深くかかわっていた。今日、政府提出の予算案が修正されることはまずないが、かつては修正されることが多く、無修正成立が通例となるのは、大正8年の原敬内閣以降であった。戦後も、昭和30年に保守合同で安定与党が成立するまでは、予算案修正が毎年のように行われていた*11。昭和28年度予算は、日本がサンフランシスコ講和条約(昭和27年4月)で独立を回復した後の初めての予算であったが、吉田首相のバカヤロー解散(昭和28年3月)後に与党自由党が敗北して少数与党になった状況で審議され、野党民主党の発議によって修正された。修正は、一般会計の総額こそ政府提出の9683億円から9655億円への減額だったが、12の事項について増額修正が行われた。これが新憲法の定める政府の予算案提出権との関係で問題となり、国会には政府の予算案提出権を害しない程度の増額修正権があり、今回の修正は政府の予算案提出権を侵害しない程度のものである旨の政府答弁が行われた。続く、昭和29年度、30年度の予算も、予算総額が増加しない範囲内で個別事項での増額修正が行われた。昭和30年の保守合同*12後には、国会での予算案修*8) 2002年3月には、自民党の国家戦略本部でも、事前審査を法案提出の条件とせず、総務会で特に必要と認めた案件等についてのみ党議拘束とするといった改革案を取りまとめたが、実現には至らなかった。*9) ここで、世界には「根回し」が機能しない国が多いことに思いをいたすべきであろう。先の戦争後に独立した多くのアジア・アフリカ諸国で民主主義の多数決がもたらしたのは「多数の横暴」で、結局軍事独裁国家になっていった。その原因の一つが、民族や宗教の対立が激しい国では「根回し」が機能しないことにあると考えられる。*10) 以下の記述は、主として「日本の国会制度と政党政治」(川人貞史、東京大学出版会、2005)によっている。*11) 政府原案通りに予算が成立した最初は、日露戦争後の明治41年度予算であった(「強硬に立ち向かった男 高橋是清」松元崇、中公文庫、2012、p136)。*12) 昭和30年11月15日。いわゆる55年体制が成立した。*13) 後の財政制度等審議会*14) 9月14日の財政懇談会中間報告*15) 昭和31年度予算案は、「気の抜けたビールのように、ただ低調の一語に尽きる」と言われる審議の後、原案通り可決成立した。正は行われなくなり、その代わりに予算案の国会提出前における政府与党折衝が行われるようになった。保守合同後の初めての予算となった昭和31年度予算では、それまでインフレ抑制のために1兆円緊縮予算が2年間続いていたことへの反発が顕在化した。大蔵省は財政懇談会*13を設置(昭和30年8月)して、「一般会計については、1兆円以内に止めるように努力する」、「公債は発行しない」ことを打ち出した*14。それに対して、自民党の水田三喜男政調会長は、「予算編成方針や重要政策は党内に新設する政策審議会で決め、政府原案決定前に大蔵省と事前に調整する」ことを鳩山首相に申し入れた。閣議提出された大蔵原案は一般会計歳出総額を1兆300億円とするものであったが、その後、自民党の政調各部会から総額3000億の復活要求が出され、最終的な予算規模は1兆350億円となった*15。国会での予算修正が行われなくなった後に国会で問題になったのが、予算関連法案の取り扱いであった。雑誌『予算』の昭和31年8月号によると「議員立法という名のお手盛り法案がまたのさばりだしたようだが、24回国会(昭和30-31年)ではどんな傾向だったのかね。」「参議院選挙を目の前にした通常国会だったので、でるわでるわ、ものすごかったね。・・・予算を食われる関係から大蔵省は議員立法と聞くとドキリンコンだよ」、「露骨に選挙区を目当てにしたものや、業者の陳情書をそっくり法律に書き替えたようなものとか、利権法案が多いので困る。・・・」「役所の権限争いを代弁するものもあるのだろうね。」「もちろんあるさ。いわゆる『依頼法案』といって、各省がヒモ付議員(その多くは役人の古手)に役所の代りに提出してもらう奴だ。・・・」「議員立法の大量生産で名高いのは農林水産委員会と建設委員会だが、こんどは社会労働、厚生、恩給や給与を扱う内閣など各委員会が総花的に競い合った格好だね。(中略)予算を伴う38 ファイナンス 2020 Nov.SPOT

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