ファイナンス 2020年11月号 No.660
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今日の日本に、戦前の大久保利通や原敬といったリーダーシップを持つ政治家を期待しても難しい背景に、戦後に出来上がった意思決定の仕組みがある。これまで見てきたようにリーダーシップのスタイルは各国様々で、それも時代によって変遷しているが、その背景にある意思決定の仕組みも各国様々で時によって変遷している。今回はそのような観点から、英国との対比で、戦後の我が国で出来上がった意思決定の仕組み、今日の与党の事前審査制度について見ていくこととしたい。1英国のディベートの伝統と我が国のコンセンサス重視の伝統前回見たとおり、英国では国民は「時の政権」に無謬性を期待しない。与党が失敗すれば野党に政権をゆだねればいいというのが英国の二大政党制である。その背景にあるのが、英国の議会におけるディベートに基づく意思決定の仕組みである。英国議会で行われるディベートは、「言葉の決闘」とも言われる激しいもので、一定の時間の範囲内で、激しい議論が行われて多数決が行われるが、それで少数意見がなくなってしまうわけではない。少数意見は、与党が失敗した場合に政権を担いうるものとして、当然に残されるのである。それに対して我が国の意思決定においては、英国のようなディベートは行われず、「根回し」などによってコンセンサスが形成される。そして一旦コンセンサスが出来上がると、少数意見がなくなってしまうわけではないが、「空気」の支配が出来上がる。そして、*1) 軍部ファシズムに迎合する国民世論に対して、最後の元老といわれた西園寺公望は、国民の政治教育を徹底化することで国民のレベルを上げる以外ないと嘆いていた(「政治家とリーダーシップ」山内昌之、岩波書店、2001)。*2) ここでの人格を尊重する議論とは、批判するにしても相手の考え方そのものをまずは理解することに努めるといった議論である。極端なケースではその「空気の支配」にそっていると考えられる限り、直属の上司の指示に反しても咎められなくなってしまう。その悪しき例と言えるのが、かつて満州事変に際して「親軍感情」という「空気」が出来上がり、その「空気」にそって現地の司令官が戦線を拡大しても軍の中央がそれを抑制できなかったこと*1、その後の日米戦争で日々敗色が濃くなっても「聖戦貫徹」の「空気」の中で、政府が本格的な終戦処理に取り組めなかったことなどである。2「多数の横暴」が言われる国英国のサッチャー元首相は、「コンセンサスとは、誰も反対しないが誰も信じていないことを求めるために、全ての真実や信念を犠牲にすること」であると述べていた。サッチャー元首相は「鉄の女」と呼ばれ、英国の歴代首相の中でも強力なリーダーシップを発揮した指導者として知られている。このサッチャーの言葉が意味しているのは、英国議会のディベートで少数意見が残るのは当然と見なされていることである。その背景にあるのは、ディベートにおいて相手の人格を尊重する議論が行われるということである*2。「空気の支配」で少数意見を押しつぶすようなことはないということである。英国の選挙で死票が問題とされないのは、この慣行の下、次の選挙までに行われるディベートによって少数意見が多数意見になれば、今度はそれに全員が従うからである。そのような仕組みの下では、多数決が「多数の横暴」と言われることはないのである。日本でも、政治は多数決で決まるものとされてい危機対応と財政(6)戦後に出来上がった 我が国の意思決定の仕組み国家公務員共済組合連合会 理事長 松元 崇36 ファイナンス 2020 Nov.SPOT

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