ファイナンス 2020年11月号 No.660
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ただし、「乳幼児期の貧困」が、その後の子どもの発達に大きな影響を与えることは、国際的にも、日本でも共通認識となっている。そのため、この乳幼児期の教育とケアの重要性は強調してもしすぎることはない。「妊娠した時から全員に専門家がかかわり始めるサポートがあるといいと思う。抱っこが下手でもサポートがあれば、なんとかしのいでいける。大丈夫な親子から手放していけばいい。こじれてから支援するよりも、費用対効果としてもずっといいのではないかと思います。」とは、滝川一廣氏(日本の児童精神科医・臨床心理学者。前学習院大学教授。*46)の至言である。(3)子どもの貧困を多元的にとらえること、教育支援と同時並行での生活基盤保障「子どもの貧困」とは、生まれ育つ家庭が低所得であることだけでなく、低所得に起因して複合的な困難が発生し、大人に至る成長や教育のプロセスで多くの不利に置かれる状況まで含みこんでいることに留意する必要がある。教育支援とともに、生活基盤保障(衣食住や生活習慣保障、保護者の労働条件・賃金水準の改善、住宅手当・児童手当等の現金給付政策の充実といった家族全体の生活条件の向上)も重要と感じる。ここで、古くて新しい「社会開発」*47というキーワードが浮上する。ちなみに「社会の開発」(社会開発)という文言は、昭和47(1972)年に制定された沖縄公庫法第1条(目的)にも「・・沖縄における経済の振興及び社会の開発に資することを目的とする。」と規定されている。21世紀は、あらためてこの「社会の開発」*48に注目すべきではないだろうか。*46) 杉山春著「児童虐待から考える」(朝日新書 2017年)。滝川医師の「子どものための精神医学」(医学書院、2017年)は、関係者の必携の1冊。現在、沖縄に転居して、オリブ山病院に奉職し、児童思春期外来を担当。また、心療内科あなはクリニックを那覇市牧志に開設し、夫婦で診療にあたる。*47) 「社会開発(読み)しゃかいかいはつ(英語表記)social development」~ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 「経済開発に対置して国際連合において使われはじめた用語で、「経済開発の進行に伴って、国民生活に及ぼす有害な衝撃を取除き、または緩和するための全国的規模における保健衛生、住宅、労働または雇用問題、教育、社会保障に関する社会的サービスの発展」と定義され、さらに経済開発と社会開発とは楯の両面であるとして両者の不可分の関係が強調された。日本においては人口問題審議会がその「意見書」(1963)で「都市、農村、住宅、交通、保健、医療、公衆衛生、環境衛生、社会福祉、教育などの社会的面での開発」をいい、「経済開発の直接の目的が生産および所得の増大であるのに対し、社会開発は直接人間の能力と福祉の向上をはかろうとするものである」と規定し、「経済開発を実施する条件を整備し、また経済開発の結果発生する摩擦を除去することなどによって経済開発を有効、円滑に進める手段ともなる」としている。単に経済発展に随伴して生じた種々の社会問題に対し事後的な処理ではなく、事前的に予防するとともに国民の能力や健康を増進するという積極面をもつ。」*48) 「社会の開発」~佐藤内閣(1964年11月)の所信表明演説「経済と技術が巨大な歩みをみせ、ともすれば人間の存在が見失われがちな現代社会にあって、人間としての生活の向上発展をはかることが、社会開発であります。経済の成長発展は、社会開発を伴うことによって、国民の福祉と結びつき、真に安定し、調和のとれた社会を作り出すことが可能であります。私は、長期的な展望のもとに、特に住宅、生活環境施設等社会資本の整備、地域開発の促進、社会保障の拡充、教育の振興等の諸施策を講じ、もって、高度の福祉国家の実現を期する考えであります。」*49) 前出杉山春著「児童虐待から考える」(朝日新書)*50) 拙稿:月刊コロンブス2020年2月号「読書の時間」(書評)参照*51) 濱口桂一郎著『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)「コラム 教育は消費か投資か?」(4)子どもの貧困対策の責任体制の明確化とシステム化全国的には、学校をプラットフォーム化する方向性だが、沖縄では難しいのだろうか?基礎的自治体における保健師の重要性は強調してもしきれない。スクールソーシャルワーカーやカウンセラーの安定的な活動を支える体制をいかに作れるか。1人1人の子どもは、ばらつきがあり、それぞれの成長に長く寄り添うことが理想ではある。滝川一廣氏は、「子どもは生まれたときが最もばらつきがある。それが、成長の過程で、精神発達を遂げた大人たちや環境に働きかけ、働きかけられ、認知と関係性をそれぞれ発達させ、その社会と文化を生きることができる存在へと育っていきます。」とする*49。(5)高等教育への視点「教育格差~階層・地域・学歴」(松岡亮二著 ちくま新書)*50でも示されているように、日本の教育システムは、高校からは格差を拡大するような制度が構築されているということが現実にはある。そのような中、沖縄での貧困の連鎖を教育により断ち切るにはどのような視点が必要なのだろうか。濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構労働政策研究所長は、「大学に進学することで有利な就職ができ、その結果福祉への依存から脱却することができるという観点からすれば、その費用を職業人としての自立に向けた一種の投資と見なすことも可能であるはずです。これは生活保護だけの話ではなく、教育費を社会的に支える仕組み全体に関わる話です。ただ、そのように見なすためには、大学教育自体の職業的レリバンスが高まる必要があります。」と指摘する*51。沖縄においては、上記のような大学観の転換を前提とした、学生支援を構想できないのだろうか?24 ファイナンス 2020 Nov.SPOT

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