ファイナンス 2020年10月号 No.659
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本文で述べたとおり、金融機関が有する金利リスク量を正確に把握するためには、資産側のデュレーションだけでなく、負債側のデュレーションも考える必要があります。資産側のデュレーションだけをみると、銀行は短い年限の資産を有する一方、生命保険会社は長い年限の資産を有しています。これだけをみると、生命保険会社の方が金利リスクを取っているように思われるかもしれません。しかし実は、この事実をもって生命保険会社の方が銀行より金利リスクを取っているということにはなりません。なぜなら、銀行は負債サイドの年限が短い一方、生命保険会社は負債サイドの年限が長く、金融機関は資産と負債の年限を合わせるようにリスク管理をしているからです。このようなリスク管理は、資産と負債の有する金利リスクを管理することから、Asset Liablitity Management(ALM)といいます。銀行の負債サイドの年限が短い理由は預金という形で資金を調達しているためです。逆に、生命保険会社は例えば終身年金などを販売することで資金調達をしていますから、負債サイドの年限は長くなります。資産サイドと負債サイドの年限がずれると、金利が変化した時にリスクが顕在化します。例えば、資産サイドの年限が短く、負債サイドの年限が長い生命保険会社の事例を考えます。この場合、仮に金利が低下すると、負債サイドは長期の契約を結んでいるため、金利が低下する以前の高い金利を調達コストとして支払い続ける必要がある一方、資産サイドは年限が短いため、仮に保有している債券が償還を迎えてしまうと、再投資する債券は低い金利で運用しなければなりません。金融機関は、このように金利が変化することに伴うリスクを管理するため、資産サイドと負債サイドの年限に大きな乖離が起こらないような運営をしています。実際、日本の生命保険会社はかつてこのリスクにさらされ、2000年以降、資産と負債のデュレーションのマッチングを進めています(図4を参照)。債務管理当局の観点でみれば、生命保険会社や銀行のバランスシートの規模やそれが有する金利リスクなどに応じて短期債と長期債の投資意欲が異なってくることを意味します。そのため、市場参加者との対話などを通じ、金融業界における銀行や生命保険の規模や調達構造を把握しておくことは、債務管理当局がどのような年限の国債を発行するかを考えるうえで重要になるわけです。例えば、英国の債務管理当局は各国に比べて年限の長い国債を発行していますが、その一因として、英国の年金において、リスク管理の観点で年限の長い国債のニーズが高いことが背景にあります(年金も生命保険会社と同様、年金という金融商品の性質上、遠い将来の支払いの約束をしているため、負債側のデュレーションが長いといえます)。英国の事例については中対・村田(2018)が包括的に説明しているため、詳細は同論文をご参照ください。ちなみに、財務省は財政投融資制度を活用して地方自治体や政府系金融機関に融資などの形で資金提供をしていますが、2000年代の改革以降は財政投融資でもALMに取り組んでいます。詳細は「財政投融資リポート」などをご参照ください。図4 日本の生命保険会社における資産・負債デュレーションとデュレーション・ミスマッチ(注)デュレーション・ミスマッチは負債デュレーションから資産デュレーションを引いたもの。集計対象は大手9社。(出所)菅和・倉知・福田・西岡(2012)より抜粋。616141210804060810(年度)(年)デュレーション負債デュレーション資産デュレーション010864204060810(年度)(年)デュレーション・ミスマッチBOX 1 Asset Liablitity Management(ALM)とは58 ファイナンス 2020 Oct.連載日本経済を 考える

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