ファイナンス 2020年10月号 No.659
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わりなく、だんだんと駅前との差が縮まってきた。駅ビルの攻勢に加え郊外ショッピングモールの進出も影響した。象徴的だったのは平成18年、映画の街でもあった天文館で最後の映画館が閉店し、当地から映画館が消えたことである。平成21年には三越鹿児島店が閉店した。街の中心が天文館から駅前に移るように思われた。もっとも、同じように商業集積の郊外化に悩む地方都市が多い中、鹿児島の場合は商業機能が比較的都心に残っている。平成26年の中心市街地の年間商業販売額は、中心街がわりあい賑やかな金沢市の23.3%を上回る29.4%。20年前も30%台前半で推移しており、他の地方都市で90年代に郊外化が進んだことを考えれば、大規模な郊外開発をするに適した平地が少ない事情もあろうが、鹿児島は比較的下げ幅が小さい。駅前や郊外の商業拠点の追い上げに危機感を覚えた地元商業者は、ときに商店街の枠組みを超えて横連携しつつ、山形屋百貨店の周辺を含めたエリアとしての天文館の活性化に乗り出した。三越鹿児島店の撤退後、オーナーの丸屋本社は建物全体に緑が生い茂る複合商業施設に改装し、「マルヤガーデンズ」として平成22年に営業を再開した。ハイセンスなセレクトショップを中心とした売り場構成で、伝統的な百貨店に対する個性が前面に現れている。平成24年には、天文館に新たな集客拠点をつくろうと、商店街を中心に地元の公民が連携のうえ企画、出資したシネコン「天文館シネマパラダイス」が開館した。天文館で最後の映画館が閉館してから6年ぶりの出来事である。図4 天文館シネマパラダイス(LAZO表参道)出所)筆者撮影(令和元年5月26日)平成23年に九州新幹線が鹿児島中央駅から博多駅まで全線開通。地元の努力は言うまでもなく入込観光客の増加も奏功してか、その翌年、駅前に8年遅れて天文館の路線価も下げ止まった。その後拮抗し僅差が続いたが、平成30年から両者ともに上昇に転じる。とくに上げ幅は天文館が大きい。都市公園等のオープンスペース、シネコン、城郭史跡など集客装置や各種イベントが街の魅力と回遊性を高めつつある。天文館の最高路線価地点に面して再開発が進んでおり、2年後の春には商業施設やホテルが入る延面積36,693m215階建の再開発ビルが開業予定だ。将来の発展の期待が地価上昇の一因になったと考えらえる。市の中心市街地活性化基本計画によれば、鹿児島市の中心市街地の人口は平成12年以降増加傾向を辿っている。市電の平均利用者数は平成14年に増加に転じ、以降3万人前後で横ばいを保つ。コンパクトシティの呼び声の下、都心回帰の兆候が見られる地方都市が少しずつ増えているが、鹿児島市は20年前から増加基調だ。ただ、ここでいう中心市街地は天文館と駅前を包含している。天文館対駅前の構図でいえばまだ予断を許さない。一方、天文館対駅前の切磋琢磨の関係が、両者を包含する中心市街地の活性化に一役買っている点にも注目したい。駅前、天文館そしてウォーターフロントの距離関係は羽田空港の国際線、第1、第2ターミナルとほぼ同じ。空港内の動く歩道の代わりにフリークエント(高頻度運転)サービスの市電で拠点間がつながっていると考えれば天文館はじめ3拠点からなる1つの街として捉えることもできる。空洞化に悩む他の地方都市にとって、鹿児島の街の発展史が問題解決のヒントになりそうだ。プロフィール大和総研主任研究員 鈴木 文彦仙台市出身、1993年七十七銀行入行。東北財務局上席専門調査員(2004-06年)出向等を経て2008年から大和総研。専門は地域経済・金融 ファイナンス 2020 Oct.53路線価でひもとく街の歴史連載路線価でひもとく街の歴史

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