ファイナンス 2020年10月号 No.659
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巻頭言直感性をつくる デザイン。デザイナー/発明家高橋 鴻介デジタル技術を用いた新型コロナウイルス対策で、台湾が素晴らしい成功を収めたことは記憶に新しいと思います。その要因として、デジタル担当大臣のオードリー・タン(唐鳳)政務委員が「Fast」「Fair」「Fun」という3つのキーワードを挙げていました。公平さ、迅速さはもちろんのことですが、この話を聞いて私が一番感動したのは、行政の分野に「Fun」という言葉が持ち込まれたことでした。例えば、彼が行ったプロジェクト「Humor Over Rumor」では、LINEのチャットボットを活用し、デマやフェイクニュースがポストされると、それがかわいい犬の画像に置き換わるという、ユーモラスなアイデアが採用されるなど、人々を不安にさせるデマの拡散を楽しさで防ぐ試みが行われています。このように、どんな困難の中であっても、ユーモアや楽しさは、私たちに喜びをあたえ、勇気づけてくれるもの。それがわかっているはずなのに、私たちは、意思決定の中でしばしば論理を優先しがちです。でも、正しいことばかりが行われている世の中を想像すると、息苦しさを感じませんか?不要不急を避け、様々なものが必要最低限になりつつある今だからこそ、「楽しい」「面白い」「美しい」といった直感性の中に、社会をいい方向に導くヒントがあるのではないでしょうか。申し遅れましたが、私はデザイナーです。社会にあふれる課題やポテンシャルをプロジェクトに変え、デザインの力を使って世界に新しい可能性と素敵な話題を増やすのが私の仕事。デザイナーの役割は様々ありますが、個人的には前述のような「直感性を設計する」ということが最も重要な役割の一つだと思っています。私の進めているプロジェクトのひとつに「Braille Neue(ブレイルノイエ)」があります。Braille Neueは点字と文字を組み合わせた、目でも指でも読める書体をつくるプロジェクト。この書体を用いることで、見える人と見えない人の間にコミュニケーションを生むきっかけになります。この書体をつくるときに、私が気を遣ったのは点字としての触読性を損なわないことはもちろん、見える人にとっても美しく見えること。見える人が点字に興味を持ち、点字という文化をかっこいいと感じてもらうきっかけになるために、見え方のディテールにもこだわりました。点字のもつ情報伝達の機能に加えて、デザインの力で、点字に少しでもポジティブな印象を付与できたら。そんな想いで当事者とともにアップデートを続け、今現在は渋谷区役所をはじめとして、世界中の様々な場所に広がっていっています。今でも心に残っているのは、視覚障がいの友人に言われた「点字をかっこいいと思ってもらえることで、視覚障がい者に対するイメージも変わるんじゃないか」という言葉。そして、導入してくれた施設の方の「思想に共感したのはもちろんですが、美しいから色んな場所に実装したくなりますね」という言葉。デザインがもたらす直感性には確かな価値があると実感する出来事でした。「楽しいから、参加する」「おもしろいから、やる」「美しいから、欲しくなる」。直感性には、人を動かす大きな力があるはずです。合理性や利便性が重視される時代だからこそ、論理の仮面を脱いで、素直な心の声に耳を傾けてみる。きっとそこから、明るくてワクワクする未来が広がっていくと信じています。ファイナンス 2020 Oct.1財務省広報誌「ファイナンス」はこちらからご覧いただけます。

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