ファイナンス 2020年10月号 No.659
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評者渡部 晶ボストン コンサルティング グループ 編著BCG 次の10年で勝つ経営企業のパーパス(存在意義)に立ち還る日本経済新聞出版 2020年8月 定価 本体2,000円+税9月15日付け毎日新聞の1面左肩の紙面の見出しは、「大坂『反差別のラリー』 2年ぶり全米テニスV」。テニスの4大大会である全米オープン女子シングルス決勝での勝利を報じた記事だ。大坂なおみ選手が、人種差別に抗議するため、決勝までの試合数に合わせて黒人被害者の名が入ったマスクを7枚用意し入退場時に着用したことに注目している。その中で、「4大大会では社会的なメッセージを発することは原則禁じられているが、黒人差別への抗議運動『ブラック・ライブズ・マター』の高まりを受け、特例が設けられた」とある。大坂選手のスポンサーのナイキは、SNSに「この勝利はじぶんのため/この闘いはみんなのため」とのメッセージを流した。本書第2章「社会的価値を重視する」で、日本の企業が「ソーシャル」(社会公正)なものの見方を身につけるよう強調していることが腑に落ちた。「ミレニアル世代の台頭による社会的課題への意識の高まりに対して、日本企業は、明確な『空気』の変化を捉えたアクションをとれずに対応が後手に回っている」との指摘だ。本書は、世界有数のコンサルティング会社である、ボストン コンサルティング グループ(以下「ボスコン」)が、グローバル市場において実施している企業変革支援の知見を反映しつつ、「次の10年、日本企業がステークホルダーに継続的に付加価値を提供し、勝者として存在意義を発揮し続けるために、経営者は何を軸に組織を牽引していけばよいか」との問いに対して、経営者に考える材料を提供し、骨太の経営の軸への洞察を深めるために執筆された。著者は、ボスコンの秋池玲子、木村亮示、佐々木靖、東海林一、竹内達也の各氏である。言うまでもないが、秋池氏は、財務省参考として今次の「財務省再生プロジェクト」に携わる。構成は、「はじめに」、「第1章 2020年代の勝者になるために」、「第2章 社会的価値を重視する」、「第3章 新時代の競争優位性を構築する」、「第4章 新戦略に合った組織をつくる」、「第5章 人材を再定義し、進化させる」、「第6章 企業変革を加速させる」、「第7章 存在意義(パーパス)に立ち還って、次の10年を勝利する」、「おわりに」となっている。「はじめに」で本書の全体の構図を示す。「今、経営者の方々に特に大切なのは『なぜ?』について自問自答も含めて深く納得することではないかと考えている。『なぜ?』は深い洞察を通じて経営者に骨太の軸を生む」。そして、第1章で、グローバル市場において企業が直面する構造変化を概観し、その上で、企業経営にどのようなパラダイムシフトが生じているかを考える。まずは、この章をしっかり読みたい。大きな環境変化が示され、それを受けて、第3節の「しっておくべき4つのパラダイムシフト」として、(1)企業目標―「財務的な利益実現」から「社会的な利益の追求」へ、(2)戦略策定―「先を読む」から「先が読めないことを前提にした経営」へ、(3)組織―「決めたことを実現する」集団から「付加価値を追求する」集団へ、(4)人材マネジメントー「企業に即した人材マネジメント」から「変化に対応する人材マネジメント」へ、が大きな説得力をもって説明される。第2章~第5章では、企業活動の根幹である企業目標、戦略、組織、人材マネジメントにおけるパラダイムシフトの背景を考察し、経営者が、今、なぜ経営の進化を図る必要があるかを考えるヒントを提示した上で、経営者が行動を具体化するうえでの、アクションアジェンダと考えるべきポイントが提示される。第6章では、経営者が実際に企業変革を実行する際の注意点を提示し、第7章では、「パーパス(存在意義)」に基づく企業経営の姿を提示する。日経ビジネス9月14日号の編集長インタビュー(経営は「生き方」を問え)で、世界的な経営学者である野中郁次郎氏もこの「パーパス」の重要性を強調している。わかりにくい面もある、「パーパス」を再定義し、それを経営の軸に持つことの本質的重要性を説く。経営に関する本というと、成功例が紹介され、その事例分析から入るというわかりやすい流れのものも多いが、自分のおかれた状況に適合するのか心許なく感じるときもある。本書は、そうではない探求的な思索を行う。ものの本質に迫るという点ではとるべきアプローチなのだと感じた。公的な分野で活動するものにとっても非常に有益な1冊だと思う。ぜひ、一読をお勧めしたい。44 ファイナンス 2020 Oct.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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